Tuesday 30 December 2008

雨の中の家(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

雨だ、またオリーヴの林に雨が降る。
なぜこの午後降るのかがわからない
私の母はすでに去ってしまったのに、
もうベランダに出て雨が落ちるのを見ることもない、
もう編物をする手もとから目を上げることもない、
こうたずねるために。「聞こえるかい?」
聞こえるよ、母さん、また雨だね、
雨が母さんの顔に降っている。

(Eugénio de Andrade, Casa na chuva)

地中海(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

ホイットマンの詩の中でのようにひとりの少年が
近づいてきて私にたずねた。草って何?
彼のまなざしと私のまなざしのあいだで空気が痛みを感じた。
他の多くの午後の陰で、私は彼に語った
地面のそばにいる蜜蜂や矢車菊のことを。

(Eugénio de Andrade, Mediterrâneo)

ケルキラ(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

まるでただ愛撫された肩だけがもつ
リネンの香りのように
土地は白い。

そして裸。

(Eugénio de Andrade, Kerkira)

Monday 29 December 2008

もう少しで見えそうだ、夏が(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

もう少しで見えそうだ、夏が。
壁の上のぱきぱきとした光、
いまにも折れようとしている小麦の茎、
記憶の廃墟で、
おそらく迷子の一匹のミツバチ、
それは海へと開かれた日。

(Eugénio de Andrade, Quase se vê daqui, o verão)

こわがらなくていいからまかせてくれ(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

こわがらなくていいからまかせてくれ
きみの朝の小さな仕事を。
雲はそのままにして、
屋根の燃える埃も、
テーブルの孤独の槌音も。
私の邦は六月と九月のあいだ、
最初の雪が私を呼び止めるまで。

(Eugénio de Andrade, Podes confiar-me sem receio)

Sunday 28 December 2008

歌(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

今日はきみに告げようとやってきたのさ
きみを待つあのおなじみの顔に雪が降ったと。
何でもないさ、恋人よ、それは一羽の小鳥、
時の貝殻が落ちただけなのだから、
ひとしずくの涙、小舟、ひとつの単語が。

ただまた一日が過ぎただけ
孤独の弓と弓のあいだを。
きみの両目の曲線が閉ざされて、
夜露のひとしずく、ただひとしずくが、
きみの掌でひそやかに死んでゆく。

(Eugénio de Andrade, Canção)

さようなら(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

まるでひとつの嵐がきみの髪を暗くしたように、
あるいはそういったほうが良ければ、
きみの目の中のぼくの口が、
花ときみの指をくわえているかのように。

まるでひとりの盲目の子が
きみの中でつまづいているように、
ぼくは雪で話し、きみは黙らせた
きみとともにぼくが自分を見失った、その声を。

まるで夜が来てきみを連れ去ったように、
ぼくはもう飢え以外の何も感じられず、
きみにさようならといった、もはや二度と
きみの体が始めた国に戻ることなどないかのように。

まるで雲の上に雲があるかのように、
そして雲の上には完璧な海が、
あるいはそういったほうが良ければ、きみの輝く口が
ぼくの胸をゆったりと航海しているかのように。

(Eugénio de Andrade, Adeus)

Saturday 27 December 2008

ざわめき(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

目が覚めたのは
羽のざわめきのせい。
おそらくこの午後が
飛び立ちたいと願っているのだろう。

地面から立ち上がるのは
生きている何か、
それは私に与えられなかった
赦しのようだ。

おそらく何もない。
あるいはただ閉ざされた
午後のひとつのまなざし
それが鳥。

だがそれは飛べない、飛ばない。

(Eugénio de Andrade, Rumor)

Friday 26 December 2008

四月(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

朝が遊んでいる、幸福に、無防備に、
ただ朝だけがそんな風に遊べるように、
この道のずっと先のカーヴで、
そこはジプシーたちが歌いながら通り過ぎるところ。

四月は松林の中を自由に進んでゆく
薔薇と発情を戴冠し、
そして突然の跳躍のうちに、何の兆しもないまま、
しゅっと音を立てて青空を引き裂く。

植物の目をした子供が現われる、
驚きと快活さをたたえ、
そしてはるか先のカーヴに石を投げる、
ーーーそこはジプシーたちの声が失われてゆくところ。

(Eugénio de Andrade, Abril)

Thursday 25 December 2008

お金のない恋人たち(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

通り行く人々に、きっぱり顔を上げていた。
数々の伝説と神話と
冷たさを心にもっていた。
月が水と手をつないで歩く
庭をもっていた
石像の天使が兄弟。

誰でもそうであるように
屋根からしたたり落ちる
毎日の奇跡をもっていた。
その黄金の目では
突拍子もなくさまよう
夢が燃えていた。

獣のように渇き飢えていた
そして沈黙が
かれらの足跡をとりまいていた。
けれども二人のすべての仕草ごとに
かれらの指からは一羽の小鳥が生まれ
まばゆく輝きながら私たちの空へと去ってゆくのだ。

(Eugénio de Andrade, Os amantes sem dinheiro)

ノクターン(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

蛙たちの鳴き声だけが
夜がその胸に抱くメロディー
ーーー歌詞はただ湿地と
腐った葦たち
何ということもなく、月光のまわりで。

(Eugénio de Andrade, Nocturno)

花咲く桜へ(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

目を覚まし、四月の朝に
この桜の白さそのものとなること。
葉から根まで輝きにみちて、
詩を作り、あるいはただ花咲くこと。

両腕をひろげ、枝のうちに集めよう
風を、光を、あるいは何でもいい。
時を感じ、繊維ごとに、
一本の桜の木の心臓を編み上げてゆくこと。

(Eugénio de Andrade, A uma cerejeira em flor)

Wednesday 24 December 2008

グリーン・ゴッド(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

日没のときの泉のような
優美さをもっていた。
流れながら川岸と
おだやかな争いをつづける
川のような体をもっていた。

立ち止まる時間などなく
通り過ぎる者のように歩いていた。
足跡からは草が生え、
空中へとさしのべると
腕からは太い枝が伸びた。

踊る人のように微笑んでいた。
踊るにつれてその体からは
葉が落ちて、彼を震わせた
そのリズムは神々が使うものに
ちがいないと彼は知っていた。

そして歩みつづけた、
なぜなら彼は通過する神だったから。
目に見えるすべてと無縁に、
みずから吹く笛のメロディーと
ひとつに絡み合って。


(Eugénio de Andrade, Green God)

きみのために薔薇を創った(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

きみのために薔薇を創った。
きみのためにそれに香りを与えた。
きみのために小川を刻み
ザクロには炎の色を与えた。

きみのために空に月を置き
もっとも緑の緑を松林に与えた。
きみのために私は地面に横たわり
動物のように体を開いた。

(Eugénio de Andrade, Foi para ti que criei as rosas)

果実(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

こんな風であってほしい、詩は
光に震え、土でざらざらして、
水と風のざわめきにみちて。

(Eugénio de Andrade, Os frutos)

Monday 22 December 2008

通り過ぎるエロス(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)


朝の呼びかけが花のあいだにまぎれてゆく。
それは熱でなければ鳥。


水の味によって私は知る
夏のやさしさと脇腹を。


ひとつの身体が裸で輝いているのは
欲望が砂浜にすっくと立ち光の中で踊るため。


記憶のざわめく水の中で
いまきみとともに生まれたところだ。


風が硬い光によって茎を傾ける。
地面は近く、そして熟している。

(Eugénio de Andrade, Eros de passagem)

結晶化(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)


私は言葉を使って愛する。


薔薇のように体を傾けるのは
風が吹くときだけにしてくれ。


服の脱ぐのは
朝の貝殻の中の
夜露のように。


愛しなさい
川が最後の数段をのぼり
河床に出会うように。


いったい花開くことなどできるだろうか
これほどの光の重さの下で?


私は通過するだけ。
はかないものを愛する。


そこで死にたいと私が思う場所は
そのときもまだ朝だろうか?

(Eugénio de Andrade, Cristalizações)

夏の到来のための短調のソネット(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

ほら、夏はなんて
すばやくやってくるのだろう、
黄褐色をした子馬たちとともに、
小さな歯とともに、

数多くの、長い
石灰の街路とともに、
裸の壁、
金属の光、

そのきわめて純粋な投げ槍が
地面に突き刺さり、
蛇は目を覚ます
硬い沈黙の中で----

ほら、こんな風にして
夏は詩の中に入ってくるんだ。

(Eugénio de Andrade, Soneto menor à chegada do verão)

Sunday 21 December 2008

耳もとで(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

もう少しだけいて、話して
夏の最後の炎にむかって
開かれた輝く

大地を。きみはその
渇きを知っている、息づかいを知っている。
もう少しだけ、夕方の

微風のように、ごく小さな手で
撫でてやってほしい
夜の底に

朝から名残っているものを。埃を
そして地面に撒かれた時の
澱に飛び立たせる風の

軽い小舟のことを語ってほしい。
大地は良い。私の耳もとで
もういちどそうささやいてください。

(Eugénio de Andrade, Ao ouvido)

Friday 12 December 2008

伝説 IV (スティーヴン・クレイン)

ひとりの戦士が山頂に立ち星々に挑んでいた。
たまたまそこにいた小さなカササギが、兵士の
羽飾りを欲しがり、引っこ抜いた。

(Stephen Crane, Legends IV)

伝説 III (スティーヴン・クレイン)

ある男がいった。「木のくせに!」
木の方も、おなじ軽蔑の口調でいった。「人間のくせに!
おまえが私より偉大なのは、ただ可能性の中だけでのこと」

(Stephen Crane, Legends III)

Thursday 11 December 2008

伝説 II (スティーヴン・クレイン)

自殺者が空にたどりつくと、人々は
 こうたずねた。「なぜ?」
男は答えた。「誰もおれに感心しなかったからさ」

(Stephen Crane, Legends II)

伝説 I (スティーヴン・クレイン)

ある男が、嵐が吹くためのらっぱを作った。
ひとところに集まった風が彼を遠く飛ばした。
この楽器は失敗だと彼はいった。

(Stephen Crane, Legends I)

Monday 8 December 2008

ある精霊が急いだ(スティーヴン・クレイン)

ある精霊が急いだ
夜の空間を横切って。
急ぎつつ、彼は呼んだ。
「神よ! 神よ!」
黒い死がぬかるむ
谷間を抜けて行った。
あいかわらず呼びながら。
「神よ! 神よ!」
そのこだまが
岩の裂け目や洞窟から
彼をからかった。
「神よ! 神よ! 神よ!」
すばやく彼は広々とした野原に出て
進んだ、さらに呼びかけながら。
「神よ! 神よ!」
だがやがて、彼は悲鳴を上げたのだ。
怒り、否認した。
「ああ、神なんているものか!」
すばやい手、
空からの一太刀が、
彼を打ち、
たちまち彼は死んでいた。

(Stephen Crane, "A spirit sped")

Sunday 7 December 2008

死(ウィリアム・バトラー・イェイツ)

恐れもなく希望もない
死んでゆく動物には。
人間は自分の終焉を待つ
すべてを怖れ希望しながら。
何度も彼は死んだ、
何度も復活した。
誇り高き偉大な人は
人殺しどもとの対決に際して
呼吸の停止などは
せせら笑う。
彼は死を知りつくしているのだ----
死は人間の作りごと。

(W.B. Yeats, Death)

Saturday 6 December 2008

ほほえみ、ふたたび(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

きみは去って行った、この詩の
直前の四行のあいだに。
それとも去ったのはきみのほほえみ、なぜなら
きみはいつもきみのほほえみの中に住んでいたから、
葉叢の中の緑色の雨、きみのほほえみ、
脈拍の中の羽ばたき、きみのほほえみ、
そしてこの味わい、この光の熱、
唇の上の、唇が街路をみたす
陽光の噂であるとき、きみのほほえみ。

(Eugénio de Andrade, O sorriso, outra vez)

Friday 5 December 2008

神が天で死んでいた(スティーヴン・クレイン)

神が天で死んでいた。
天使らはおしまいの讃歌を歌った。
紫の風が悲嘆した、
翼から
血を滴らせ
それが地上に落ちた。
それ、嘆くそれは、
黒くなり落ちてしまった。
ついで死んだ罪の
遠い洞窟から
欲望に青ざめた怪物たちがやってきた。
かれらは戦い、
世界という小さな場所で
わめきちらした。
だがすべてのさびしさの中でもっともさびしかったのはこれ、----
ある女の両腕が眠る
ひとりの男の頭を
最終的な野獣の顎から守ろうとしているのだ。

(Stephen Crane, "God lay dead in Heaven")

Thursday 4 December 2008

もし私がこのぼろぼろの上着を脱ぎ捨てて(スティーヴン・クレイン)

もし私がこのぼろぼろの上着を脱ぎ捨てて、
ひろびろとした空へと自由に飛び立つなら。
もしそこで私には何も見つからず
あるのはただ広大な青、
こだまも返さぬ、無知な青だったとしたら、----
それがどうした?

(Stephen Crane, "If I should cast off this tattered coat")

Wednesday 3 December 2008

川について(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

そんな川があるのだ、指のきらめきに
引かれてただちに

唇の閾へと到達する川が

ちょうどある子供たちが
眠り以上のものだとは誰ひとり思ってもいない

死のほとりにたどりつくように

というのはその子らの目の腐食性の物質は
緩慢な波打ちであり盲目でもあるから----

私がきみに語りたかったのは、これ。

(Eugénio de Andrade, Sobre os rios)

Tuesday 2 December 2008

まるで石が(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

まるで石が歌っているかのように
聴いた。人間たちの
手の中で歌っているかのように。
血か鳥のつぶやきは
空中を翔け、石ころのように歌う。
暗い両手の中の
石ころだ。人間の熱により
温められる、
人間の熱意により。まるで
はらわたから喉元まで
こみあげてくる
ごく小さな、命に限りのある
光のように
人間の死すべき
運命。それが石とともに歌うんだ。

(Eugénio de Andrade, Como se a pedra)

歌(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

やってくる、ヴェルレーヌの歌から
雨が
そして誰も、
太陽さえも、
こんなに美しい脚をもってはいない。
口には
夏があり、丘には
船がある。
空気が、すべての街路で空気が、
私とともに踊る。

(Eugénio de Andrade, Canção)

Sunday 30 November 2008

かつて、私は美しい歌を知っていた(スティーヴン・クレイン)

かつて、私は美しい歌を知っていた、
----本当です、信じてください、----
すべて鳥たちの歌で、
私は鳥たちをかごに入れていた。
私が扉をあけると、
なんということ! みんな飛び去ってしまった。
私は叫んだ。「帰っておいで、考えのない者たち!」
でも鳥たちは笑っただけ。
どんどん飛んでゆき
やがて砂粒のようになってしまった
私と空のあいだで。

(Stephen Crane, "Once, I knew a fine song")

Saturday 29 November 2008

友よ、きみの白い髭は地面に届いている(スティーヴン・クレイン)

友よ、きみの白い髭は地面に届いている。
なぜ立ちつくすのだ、期待にあふれて?
きみはその髭を
萎れたきみの日々に見たいのか?
きみの老いた目で
見ようと願うのか
正義の勝ち誇った行進を?
待つのはやめたまえ、友よ!
きみの白い髭と
老いた目を
もっとやさしい土地に運びたまえ。

(Stephen Crane, "Friend, your white beard sweeps the ground")

Friday 28 November 2008

壮大な伽藍があった(スティーヴン・クレイン)

壮大な伽藍があった。
荘厳な歌に合わせて、
白い行列が
祭壇めざして進んで行った。
そこに司祭が
すっくと立ち、ほこらかに立ちつくしていた。
だが彼が、まるで危険な場所
にいるかのように竦んでいるのに気づいている者もいた、
おびえた視線を空中に投げかけ、
過去の恐ろしい顔たちに驚愕しながら。

(Stephen Crane, "There was a great cathedral")

Thursday 27 November 2008

火の人生を送った男がいた(スティーヴン・クレイン)

火の人生を送った男がいた。
紫がオレンジになり
オレンジが紫になる
時の織物の上でも、
この人生だけは燃えさかり、
真っ赤なしみとなり、拭うことができなかった。
それなのに彼がいざ死ぬときには、
彼は自分が生きなかったことを悟ったのだ。

(Stephen Crane, "There was a man who lived a life of fire")

男と女がいて(スティーヴン・クレイン)

I
男と女がいて
罪を犯した。
それから男は罰をすっかり
女の頭上に浴びせ、
陽気に立ち去った。

II
男と女がいて
罪を犯した。
男は彼女のかたわらに立った。
彼女の頭にも、彼の頭にも、
打撃が加えられ、
人々はみんな叫んだ。「馬鹿者!」
彼は勇敢だった。

III
彼は勇敢だった。
きみは彼と言葉を交わしてくれますか、友人よ?
ところが、彼は死に、
きみにその機会はもうないのだ。
悲しんでください、
彼は死に
きみの機会が失われたことを。
というのも、その点において、きみは卑怯者だったのだから。

(Stephen Crane, "There was a man and a woman")

私の人生の途上で(スティーヴン・クレイン)

私の人生の途上で、
多くの美しい人たちと出会った、
みんな白い服を着て、まばゆく輝いていた。
そのひとりに、ついに、私は声をかけた。
「あなたは誰?」
でも彼女も、他の人々とおなじく、
顔を頭巾に隠したまま、
心配そうに、急いで答えた。
「私は<善行>です、
私のことは何度も見ているでしょう」
「顔を隠さないところは見ていませんよ」と私は答えた。
そして向こう見ずで強い手で、
彼女が抵抗したにもかかわらず、
私はそのヴェールをはずし
<うぬぼれ>の顔だちをじっと見つめた。
彼女は、恥じ入った顔で、歩み去った。
そしてしばし考え込んだのち、
私は自分にこういったのだ。
           「馬鹿者!」

(Stephen Crane, "Upon the road of my life")

Wednesday 26 November 2008

山羊たち(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

通りすぎてゆく、みすぼらしく、やせこけて、
山羊たちが、
砂丘の鋭いへりを。
角はかれらの王冠。
かれらの目の中では、稲妻が
星々の凍てついた
震えのあとに続く。
かれらはゆっくりと進む----
ヤグルマギクや石灰の姉妹たち。

(Eugénio de Andrade, As cabras)

四月に歌う(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

四月に子供たちは歌う
雨と一緒に。
桜の木の
朝の枝に上り
太陽を待って歌うのだ。
太陽がぐずぐずしていると
かれらは神の目によって歌いはじめる。
夜にはまたたく。

(Eugénio de Andrade, Em abril cantam)

詩という技芸(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

すべての知はここにある、
広東の周辺の、
あるいはアルペドリーニャの畑のこの女が、
コウヴェの畝の四、五本に
いかに水をやるかに。しっかりと
水を扱う両手、
大地との親密、
心の真剣さ。
詩もこんな風にして作られる。

(Eugénio de Andrade, A arte dos versos)

空を歩きながら(スティーヴン・クレイン)

空を歩きながら、
奇妙な黒い服装の男が
あるまばゆいかたちに遭遇した。
すると彼の足取りは早くなった。
彼はうやうやしくお辞儀をした。
「わが主よ」と彼はいった。
しかし精霊は彼のことなど知らなかった。

(Stephen Crane, "The sage lectured brilliantly")

賢者が見事な講義をおこなった(スティーヴン・クレイン)

賢者が見事な講義をおこなった。
彼の前には、二枚の絵。
「さて、こっちは悪魔、
そしてこっちは私」
彼は目をそらした。
すると狡猾なある生徒が
絵を入れ替えた。
「さて、こっちは悪魔、
そしてこっちは私」
生徒たちはおとなしくすわっていた、みんなで
ニヤニヤ笑い、この遊びを楽しんで。
それでも賢者は賢者だったのだ。

(Stephen Crane, "The sage lectured brilliantly")

目と身振りで(スティーヴン・クレイン)

目と身振りで
あなたは自分が神聖だという。
あなたは嘘をついていると私はいう。
なぜなら私は見たからだ
ある幼い子の
両手に載った罪から
あなたがあなたの上着をさっと除けるのを。
嘘つき!

(Stephen Crane, "With eye and with gesture")

ある男が殺人者に出会うのを怖れていた(スティーヴン・クレイン)

ある男が殺人者に出会うのを怖れていた。
別の男は犠牲者に出会うのを怖れていた。
一方は他方よりも賢明だった。

(Stephen Crane, "A man feared that he might find an assassin")

ひとりの男が燃える道であくせく働いていた(スティーヴン・クレイン)

ひとりの男が燃える道であくせく働いていた、
けっして休まず。
あるとき彼は見た、肥えた、ばかなロバが
緑の場所から彼にむかってニヤニヤ笑っているのを。
男は怒ってどなった。
「ああ、おれを嘲るなよ、馬鹿め!
おまえのことは知っている----
一日中腹に餌をつめこみ、
心を草や
やわらかい芽のあいまに埋めている。
だがそれだけでは足りないぞ」
だがロバはただ緑の場所から彼にむかってニヤニヤ笑っただけ。

(Stephen Crane, "A man toiled on a burning road")

「こんなことをするのはまちがっていたよ」と天使がいった(スティーヴン・クレイン)

「こんなことをするのはまちがっていたよ」と天使がいった。
「きみは花のように生きるべきだ、
悪意は子犬のように抱きかかえ、
戦いを挑むときには子羊のように」

「そんなことはないさ」と精霊など怖れない
男がいった。
「それがまちがっていたのは花のように
生き、悪意を子犬のように抱きかかえ
戦いを挑むときには子羊のようにする
ことができる天使にとってのみのこと」

(Stephen Crane, "'It was wrong to do this,' said the angel")

いばりちらす神よ(スティーヴン・クレイン)

I

いばりちらす神よ、
これみよがしにふんぞりかえって
空をのしのしと横切ってゆく神よ、
おれはあんたを怖れない。
いいや、もっとも高き天から
あんたは槍をおれの心臓に突き立ててくるが、
おれはあんたを怖れない。
いいや、たとえその打撃が
木をこっぱみじんにする稲妻のようであっても、
おれはあんたを怖れないよ、頬をふくらましたほら吹きよ。

II
もしあんたがおれの心を見抜き
おれがあんたを怖れていないとわかるなら、
なぜあんたを怖れていないかもわかるだろう、
そしてなぜそれが正しいかも。
だから威嚇しようなどと思うなよ、あんたの血なまぐさい槍で、
そんなことをすればあんたの崇高な耳が罵りを聞くことになるよ。

III
それでも、おれには恐ろしい相手がいる。
その顔に悲嘆が浮かぶのを見るのが怖いのだ。
おそらくは、友人よ、彼はあんたの神ではない。
もしそうなら、唾をかけてやれ。
そうしたって冒瀆にはあたらない。
だがおれは----
ああ、それくらいなら死んだほうがましさ
おれの魂の両目に涙を見るくらいなら。

(Stephen Crane, "Blustering god")

なぜ偉大さを求めてあくせくするのだ、馬鹿者よ?(スティーヴン・クレイン)

なぜ偉大さを求めてあくせくするのだ、馬鹿者よ?
行って枝を折り身にまとうがいい。
それだって、おなじくらい十分だ。

主よ、野蛮人どもの中には
星々が花だとでもいうように
鼻をしかめてみせるものがいるものですから、
あなたの召使いはかれらの靴のバックルに隠れて迷っています。
私はよろこんで自分の目をかれらの目と同等に置くつもりです。

馬鹿者よ、行って枝を折り身にまとうがいい。

(Stephen Crane, "Why do you strive for greatness, fool?")

Wednesday 19 November 2008

ひとりの男が奇妙な神の前に出た(スティーヴン・クレイン)

ひとりの男が奇妙な神の前に出た、----
多くの人間の神、さびしくも賢明な。
すると神さまは大音声で叫んだ、
怒りに顔をふくらませ、息を切らしながら。
「ひざまずけ、死すべき者どもよ、そして萎縮し
はいつくばり讃えるがいい
私という格別に崇高な存在を」

          男は逃げた。

それから男は別の神のところに行った、----
彼自身の内面の思考の神だ。
この神は彼のことを
無限の理解に輝く
柔和なまなざしで見た、
そしていった。「かわいそうなわが子よ!」

(Stephen Crane, "A man went before a strange god")

きみは自分が聖者だという(スティーヴン・クレイン)

きみは自分が聖者だという、
それは
きみが罪を犯すのをぼくが見ていないからだ。
ああ、だがね、ちゃんとどこかにいるんだぜ、
きみが罪を犯すのを見た人は。

(Stephen Crane, "You say you are holy")

私は暗黒の世界で立ちつくし考えていた(スティーヴン・クレイン)

私は暗黒の世界で立ちつくし考えていた、
両足をどちらに向ければいいのかわからなくて。
すると人々の早足の流れが見えた、
休むことなく次々に現われるのだ、
熱心な表情で、
欲望の奔流として。
私はかれらに呼びかけた。
「どこに行くんですか? 何が見えるのですか?」
千の声が私にむかって叫んだ。
千の指がゆびさした。
「見ろ! 見ろ! あそこだ!」

私は知らなかった。
だが、見よ! 遠い空に輝いているのは
えも言われぬ、神々しい光、----
棺に描かれたヴィジョン。
あるとき、それはあり、
あるとき、それはなかった。
私はためらった。
すると人の奔流から
轟くような声がした、
いらだったように。
「見ろ! 見ろ! あそこだ!」

それでふたたび私は見た、
そして跳んだ、きっぱりと、
そして指をいっぱいにひろげ、摑もうと
必死になってがんばった。
硬い山々が私の肉を裂いた。
道が両足に噛みついた。
ついに私はまた目にした。
遠い空にはもう
えも言われぬ、神々しい光はなく
棺に描かれたヴィジョンもなかった。
そして私の両目はあいかわらず、痛いほど光を求めている。
それで私は絶望して叫んだ。
「何も見えない! ああ、私はどこに行くのか?」
奔流はふたたびいっせいにふりむいた。
「見ろ! 見ろ! あそこだ!」

そして私の精神の盲目ぶりに
かれらはこんな風に怒鳴ったのだ。
「馬鹿者! 馬鹿者! 馬鹿者!」

(Stephen Crane, "I stood musing in a black world")

Tuesday 18 November 2008

体について(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

きみの体におれは落ちた
ちょうど夏が日々の
乱れた水の上に
髪をひろげるように
そしてシャクヤクを黄金の雨か
ひどく近親相姦的な愛撫とするように。

(Eugénio de Andrade, Sobre o corpo)

道について(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

何もない。

小麦の白い炎も
小鳥たちの瞳につきたてられた針も
きみには何も語らない。

問うのはよせ、たずねるのはよせ
理性と雪の擾乱のあいだに
ちがいはない。

糞など集めるなよ、きみの運命はきみ自身だ。

きみ自身を解き放て
他の道などないのだから。

(Engénio de Andrade, Sobre o caminho)

Sunday 16 November 2008

世界の薔薇(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

薔薇。世界の薔薇。
燃えて。
あまりに多くの言葉に汚れ。

顔の最初の露のひとしずく。
花びらひとひらごとが
むせび泣きのハンカチ。

猥褻な薔薇。分割され。
愛され。
傷ついた口、誰のものでもない息。

ほとんどなんでもない。

(Eugénio de Andrade, Rosa do mundo)

記憶なし(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

記憶にない日々には
死という以外の名前があるだろうか?
きれいな、軽いものごとの死。
丘にまとわりつく朝、
唇まで持ち上げられた体の光、
庭の最初のライラックの花々。
この場所に他の名前などありうるものだろうか
きみの思い出がまるでない場所に?

(Eugénio de Andrade, Sem Memória)

南(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

夏だった、壁があった。
広場では、目立っていたのは
鳩たち、そして石灰の
暑さだけ。突然
沈黙がたてがみを振りかざし、
海へと駆け出した。
私は考えた。われわれはこんな風に死んでゆくべきだ。
こんな風に。空中で白熱しながら。

(Eugénio de Andrade, Sul)

Friday 14 November 2008

ごらん、おれにはもう自分の指さえわからない(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

ごらん、おれにはもう自分の指さえわからない、
欲望にじりじりしながら、きみのシャツにふれ、
ボタンをひとつはずし、小麦の色をしたきみの乳房を見抜く、
野鳩の色だといったこともあった、
夏はほとんど終わり、
松林を風がわたり、脇腹には
雨の予感、
夜、もうまもなく夜だ、
おれは愛を愛していた、あの業病を。

(Eugénio de Andrade, Olha, já nem sei de meus dedos)

雨が降っている、砂漠だ、そして火は消えた(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

雨が降っている、砂漠だ、そして火は消えた、
この両手をどうしようか、太陽の共犯者を?

(Eugénio de Andrade, Chove, é o deserto, o lume apagado)

Monday 3 November 2008

むかしひとりの男がいた(スティーヴン・クレイン)

むかしひとりの男がいた、----
ああ、すごく賢い人!
あらゆる飲み物に
彼は苦みを感じとり、
ふれるものすべてに
彼は刺すような痛みを覚えた。
ついに彼はこう叫んだ。
「何もない、----
生命も、
よろこびも、
痛みも、----
あるのはただ意見だけ、
そして意見など糞食らえ」

(Stephen Crane, "Once there was a man")

Sunday 2 November 2008

「おれが考えるように考えろ」とある男がいった(スティーヴン・クレイン)

「おれが考えるように考えろ」とある男がいった、
「でなければおまえはじつに不快な厭なやつだ。
ひきがえるさ」

そういわれて考えてみてから、
こう答えた。「それなら、ぼくは、ひきがえるになりますよ」

(Stephen Crane, "'Think as I think,' said a man")

Saturday 1 November 2008

数多くの赤い悪魔が私の心臓から走り出て(スティーヴン・クレイン)

数多くの赤い悪魔が私の心臓から走り出て
ページに着地した。
かれらはあまりに小さくて
ペンで押しつぶせるくらいだった。
そして多くの者がインクの中でもがいていた。
妙な気分だった
私の心臓から出てきた
こんな赤い連中を使って書くなんて。

(Stephen Crane, "Many red devils ran from my heart")

Friday 31 October 2008

365

昨年末にはじめたこの翻訳ブログですが、下記のエントリーをもって365に達しました。もっとも短いものばかりだし、ひとつの長い詩をいくつもの区切りに分けている場合もあるので、作品数としてはそれよりだいぶ少なくなると思います。

ともあれ、深夜の15分間の作業でも、心の状態はずいぶん変わります。自分の言語にとっての生息環境が、がらりとちがって見えることがあります。

これからも、のんびり、続けていこうと思っていますので、よろしく!

伝統よ、おまえは乳飲み子らのものだ(スティーヴン・クレイン)

伝統よ、おまえは乳飲み子らのものだ、
おまえは赤ん坊を元気にするお乳だ、
だが大人むけの肉はおまえにはない。
ところで----
だが、ああ、私たちは全員が赤ん坊。

(Stephen Crane, "Tradition, thou art for suckling children")

Thursday 30 October 2008

おれは暗闇にいた(スティーヴン・クレイン)

おれは暗闇にいた。
自分の言葉も見えなかったし
おれの心の願いも見えなかった。
そこに突然、強烈な光がやってきた----

「おれをまた暗闇に戻してください」

(Stephen Crane, "I was in the darkness")

Wednesday 29 October 2008

風に乗ってささやき声が聞こえた(スティーヴン・クレイン)

風に乗ってささやき声が聞こえた。
「さよなら! さよなら!」
小さな声が暗闇の中で呼んだ。
「さよなら! さよなら!」
それでぼくは両腕を前にさしのべた。
「ちがう----ちがう----」
風に乗ってささやき声が聞こえた。
「さよなら! さよなら!」
小さな声が暗闇の中で呼んだ。
「さよなら! さよなら!」

(Stephen Crane, "There came whisperings in the winds")

おれは砂漠を歩いていた(スティーヴン・クレイン)

おれは砂漠を歩いていた。
そして叫んだ。
「ああ、神よ、私をここから連れ出してください!」
声が聞こえた。「ここは砂漠ではない」
おれは叫んだ。「ええっ、でも----
砂と、熱と、空っぽの地平線」
声が聞こえた。「ここは砂漠ではない」

(Stephen Crane, "I walked in a desert")

Tuesday 28 October 2008

愛がひとりで歩いていた(スティーヴン・クレイン)

愛がひとりで歩いていた。
岩が彼女のやわらかい足を切り、
ノバラが彼女の美しい腕や脚を引き裂いた。
そこに彼女の伴侶がやってきた、
だが、ああ、彼は何の役にも立たなかったのだ、
だって彼の名は「心の痛み」だったから。

(Stephen Crane, "Love walked alone")

Monday 27 October 2008

それで私を愛しているの?(スティーヴン・クレイン)

それで私を愛しているの?

愛している。

あなたは、だったら、冷たい卑怯者。

ああ。でもね、愛しい人、
おれがきみに必死に近づこうとするとき、
人のいろんな意見、千の薮、
織り合わされたおれの存在、
おれの命が、
世界の切り株にからまる
やさしいヴェールのように、----
これがおれを引き止めるのさ。
おれにはどんな奇妙な動きもできない
裂ける音を立てずには。
あえてすることもない。

愛が愛しているなら、
世界(world)なんかないし
言葉(word)もない。
すべてが失われる
愛という考えと
夢見る場所を除けば。
私を愛しているの?

愛している。

あなたは、だったら、冷たい卑怯者。

ああ。でもね、愛しい人、----

(Stephen Crane, "And you love me?")

Sunday 26 October 2008

青白い稲妻が雲のあいまで光った(スティーヴン・クレイン)

青白い稲妻が雲のあいまで光った。
鉛のような雷が炸裂した。
崇拝者がひとり両腕をあげた。
「聞け! 聞け! 神の声だ!」

「ちがうよ」とある男がいった。
「神の声は心にささやきかけるのだ
そっと
それで魂は休らい、
物音を立てず、
あのメロディーを懸命に求めようとする、
遠く、ためいきをつき、あまりにかすかな息のような、
そしてどんな存在もまだ耳にしたことがないメロディーを」

(Stephen Crane, "The livid lightnings flashed in the clouds")

あるとき大洋が私にいった(スティーヴン・クレイン)

あるとき大洋が私にいった。
「見ろ!
あそこの海岸に
女がいるだろう、泣いている。
ずっと彼女を見ていたんだ。
おまえは行って彼女にこう伝えてくれ、----
彼女の恋人はおれが
涼しい緑色のホールに横たえた。
宝物のような黄金の砂があり
珊瑚の赤の柱がある。
二匹の白い魚が彼の棺を守っている、と。

「そう彼女に伝えて
さらにいってくれ、----
海の王もまた
泣いているのだ、老いた、途方にくれた男は。
せわしないいくつもの運命が
彼の両手に屍を積み上げ
やがて彼は手にあまるおもちゃをもらった
子供のように立ちつくす」

(Stephen Crane, "The ocean said to me once")

Saturday 25 October 2008

地平線上に山頂たちが集まった(スティーヴン・クレイン)

地平線上に山頂たちが集まった。
そして私が見ているうちに、
山々の行進がはじまった。
行進しながら、山々は歌った。
「ようし! われらは行くぞ! われらは行くぞ!」

(Stephen Crane, "On the horizon the peaks assembled")

Friday 24 October 2008

私は見者に出会った(スティーヴン・クレイン)

私は見者に出会った。
彼は両手で
英知の書をもっていた。
「すみません」と私は声をかけた、
「読ませてください」
「子供よ----」と彼ははじめた。
「すみません」と私はいった、
「私を子供だと思わないでください、
もうすでに相当知っているのですから
あなたがお持ちの書物を。
ええ、相当に」

彼は微笑んだ。
それからその本を開いて
私の目の前にさしだした。----
すると突然私が盲目になったとは何という奇妙なことだろう。

(Stephen Crane, "I met a seer")

Thursday 23 October 2008

路上で私は「その人」に出会った(スティーヴン・クレイン)

路上で私は「その人」に出会った
彼はやさしい眼で私を見た。
彼はいった、「おまえの売り物を見せてごらん」
私はそうした、
器をひとつさしだして。
彼はいった、「それは罪だ」
私は別のをさしだした。
彼はいった、「それは罪だ」
私は別のをさしだした。
彼はいった、「それは罪だ」
こうして最後のひとつまで。
ずっと彼はいうのだ、「それは罪だ」と。
ついに、私は叫んだ。
「でも、もう他にはありません」
彼は私を見た、
いっそうやさしい眼で。
「かわいそうなやつ」と彼はいった。

(Stephen Crane, "There was One I met upon the road")

Wednesday 22 October 2008

二、三の天使が(スティーヴン・クレイン)

二、三の天使が
地球のそばにやってきた。
かれらは金持ちの教会を見た。
人々が小さな黒い流れとなって
絶えることなくやってきて中に入った。
それで天使たちは困惑し
知りたいと思った、なぜ人々はこんな風に入ってゆき、
あんなにも長く中に留まっているのかを。

(Stephen Crane, "Two or three angels")

多くの職人が(スティーヴン・クレイン)

多くの職人が
山上に
石で巨大な球を作った。
それからかれらは谷間に下り、
ふりかえってかれらの作品を見上げた。
「立派なもんだ」とかれらはいった。
そいつが気に入ったのだ。

突然、それは動いた。
すみやかにかれらの上に落ちてきた。
かれら全員を潰し、血まみれにした。
だが何人かは悲鳴をあげることができた。

(Stephen Crane, "Many workmen")

Monday 20 October 2008

おれにその勇気があると仮定しよう(スティーヴン・クレイン)

おれにその勇気があると仮定しよう
美徳の赤い刃を
おれの心臓に刺し、
地面の草にむかって
おれの罪深い血を滴らせるなら、
きみはおれに何をくれる?
庭園つきの城か?
花咲く王国か?

何だって? 希望ですか?
だったらきみの美徳の赤い刃をもって去れよ。

(Stephen Crane, "Supposing that I should have the courage")

Sunday 19 October 2008

見よ、より遠い太陽をもつ土地から(スティーヴン・クレイン)

見よ、より遠い太陽をもつ土地から
私は帰ってきた。
私がいたのは爬虫類がうごめく場所で、
さもなければしかめ面ばかりが住んでいて、
はるかな上方にて黒い不可知におおわれているのだった。
私は縮み上がった、それに
気分が悪くなり、さんざん毒づきながら。
それから私は彼にいった。
「これはどういうことだ?」
彼はゆっくりと答えた。
「霊よ、これは一個の世界だ。
ここがおまえの家だった」

(Stephen Crane, "Behold, from the land of the farther suns")

「真実とは」とある旅人がいった(スティーヴン・クレイン)

「真実とは」とある旅人がいった、
「岩だ、堅牢な砦だ。
私はしばしばそこに行き、
そのもっとも高い塔にも上った、
そこからは世界が闇だと見えた」

「真実とは」とある旅人がいった、
「息だ、風だ、
影だ、幽霊だ。
長いあいだ私はそれを追ったが、
その衣服の裾にさえ
さわったことがない」

そして私は二人目の旅人を信じた。
なぜなら真実とは私にとって
息、風、
影、幽霊であり、
その衣服の裾にさえ
私はさわったことがなかったから。

(Stephen Crane, "'Truth,' said a traveller")

Friday 17 October 2008

輝く服をまとった若者が(スティーヴン・クレイン)

輝く服をまとった若者が
暗い森を歩きに行った。
そこで彼が会ったのは
どうにも古くさい格好の人殺し。
この男は顔をしかめて薮をわたり、
短刀の切っ先を宙にふるわせて、
若者に襲いかかった。
「ちょっとすみません」と若者はいった、
「すばらしい気分です、信じてください、
こんな風に死ぬなんて、
こんなに中世風に、
どんな伝説にもひけをとらないかたちで。
ああ、なんというよろこび!」
それから傷をうけた、微笑みながら、
そして死んだ、満足して。

(Stephen Crane, "A youth in apparel that glittered")

私の前にはきつい丘があった(スティーヴン・クレイン)

私の前にはきつい丘があった、
何日もかけて私は上った
雪の地帯を。
目の前に頂上からの風景がひろがったとき、
こんな風に思われたのだ、私の苦労は
ありえないほど遠くに横たわる
あれらの庭を眺めるためのものだったと。

(Stephen Crane, "There was set before me a mighty hill")

見よ、厭な男の墓を(スティーヴン・クレイン)

見よ、厭な男の墓を、
そのそばには、いかめしい精霊ひとり。

そこに打ちひしがれた乙女がすみれの束をもってきた、
だが精霊が彼女の腕を摑んだ。
「彼は花には値しない」と彼はいった。
乙女は泣いた。
「ああ、彼を愛していました」
だが精霊は、険しいしかめ面をして
「彼は花には値しない」

さて、いいたいのはこういうこと----
もし精霊のいうことが正しいなら、
なぜ乙女は泣いたんだ?

(Stephen Crane, "Behold, the grave of a wicked man")

Tuesday 14 October 2008

私は地平線を追いかける男を見た(スティーヴン・クレイン)

私は地平線を追いかける男を見た。
ぐるぐると、両者はかけめぐっていた。
私にはこれが気に入らなかった。
それで男に話しかけた。
「むだなことをやってるなあ」と私はいった。
「どんなにがんばったってけっして---」

「嘘つきめ」と彼は叫び、
また走っていった。

(Stephen Crane, "I saw a man pursuing the horizon")

Monday 13 October 2008

星々のあいまの場所よ(スティーヴン・クレイン)

星々のあいまの場所よ、
太陽のそばのやわらかい庭よ、
きみたちは遠い美を保っていてくれ。
おれの弱い心臓に光を投げかけないで。
なぜなら彼女がここに
黒の場所にいるからには、
きみの黄金の日も
きみの銀の夜も
おれを呼び寄せることはできないから。
彼女がここに
黒の場所にいる以上、
ここにおれは留まり、待つ。

(Stephen Crane, "Places among the stars")

Sunday 12 October 2008

かつて私は山々が怒っているのを見た(スティーヴン・クレイン)

かつて私は山々が怒っているのを見た、
そして戦列を組んでいるのを。
かれらに相対しているのはひとりの小さな男。
あい、彼は私の指ほどの大きさしかなかった。
「彼は勝つだろうか?」
「もちろんさ」とこの男はいった。
「祖父たちはかれらを何度も負かしてきたのだ」
それで私は祖父たちの大きな美徳を知った----
少なくとも、山々に対抗しようとする
その小さな男にとっての。

(Stephen Crane, "Once I saw mountains angry")

Saturday 11 October 2008

私の前にはあった(スティーヴン・クレイン)

私の前にはあった、
何マイルも何マイルも
雪、氷、燃える砂が。
それなのに私にはこうしたすべてを超えて、
無限の美の場所を見やることができた。
そして私には木々の陰を歩む
彼女の愛らしさが見えた。
私が見つめると、
すべては失われた
この美しい場所と彼女を除いて。
私が見つめると、
そしてまなざしのうちに、欲望すると、
ふたたびやってきたのは
何マイルも何マイルもの
雪、氷、燃える砂。

(Stephen Crane, "There was, before me")

ある学者があるとき私を訪れた(スティーヴン・クレイン)

ある学者があるとき私を訪れた。
彼はいった。「私は道を知っている----来なさい」
私はこれに大喜びした。
私たちは一緒に急いだ。
ただちに、あまりにも早く、私たちは
私の両目が役に立たないところにやってきて、
私はもう自分の両足が踏む道を知らなかった。
私は友人の手にしがみついた。
だがついに彼は叫んだのだ。「道に迷ってしまいました」

(Stephen Crane, "A learned man came to me once")

怒ったある神が(スティーヴン・クレイン)

怒ったある神が
ひとりの男を打っていた。
地球上のいたるところに
轟きわたる打撃で
彼をぴしゃりと打ちすえていたのだ。
すべての人々が駆け寄ってきた。
男は悲鳴をあげ、もがき、
神の足に狂ったように噛みついた。
人々は叫んだ。
「ああ、なんて性根の悪い男だ!」
そして----
「ああ、なんと畏怖すべき神さまでしょう!」

(Stephen Crane, "A god in wrath")

天国で(スティーヴン・クレイン)

天国で、
小さな草の葉が何枚か
神の前に立っていた。
「おまえは何をした?」
すると一枚を除いてすべての小さな草の葉たちは
熱心に話をはじめた
自分の人生の手柄について。
一枚は少しだけうしろにいた、
恥じ入って。
やがて、神はいった。
「そしておまえは何をした?」
小さな葉は答えた。「おお、主よ、
記憶は私には苦いです、
だって、たとえ少しはいいことをしたとしても、
私は覚えていません」
すると神は、その光輝のすべてをもって、
その玉座から立ち上がった。
「おお、立派な小さな草の葉!」と神はいった。

(Stephen Crane, "In Heaven")

Tuesday 7 October 2008

体を寄せ合い行進する数多くの者たちがいた(スティーヴン・クレイン)

体を寄せ合い行進する数多くの者たちがいた、
どこに向かっているのかは知らなかった。
しかし、いずれにせよ、成功であろうと災厄であろうと
やがてかれら全員に平等に降りかかるだろう。

新しい道を求めた者が、ひとりいた。
彼は恐ろしい茂みへと入ってゆき、
最後にはそのまま死んだ、ひとりで。
だが人々は彼には勇気があったといった。

(Stephen Crane, "There were many who went into huddled procession")

Monday 6 October 2008

慈善よ、きみは嘘だ(スティーヴン・クレイン)

慈善よ、きみは嘘だ、
女たちのおもちゃだ、
ある種の男たちのよろこびだ。
正義があるところでは、
見よ、寺院の壁が
目に見えるものとなる
突然の影が作るきみのかたちを透かして。

(Stephen Crane, "Charity, thou art a lie")

Saturday 4 October 2008

「戦場での勇敢な行動のことを話してくれよ」(スティーヴン・クレイン)

「戦場での勇敢な行動のことを話してくれよ」

するとかれらはいろんな話をしてくれた。
「毅然として守り抜いたこともあったし
栄光のために苦しい思いで戦ったことも」

ああ、もっと勇敢な行動があったにちがいないと私は思う。

(Stephen Crane, "Tell brave deeds of war")

Friday 3 October 2008

戦争で真紅に染まった闘いがあった(スティーヴン・クレイン)

戦争で真紅に染まった闘いがあった。
土地は黒く剥き出しになった。
女たちは泣いた。
子供らは走った、どうしたのかなと思いながら。
こうした事態を理解できない人間がひとりやってきた。
彼はいった、「なんでこんなことが?」
それに百万人が答えようと殺到した。
舌たちがひどく錯綜したどよめきをあげたので、
その理由は結局わからずじまい。

(Stephen Crane, "There was crimson clash of war")

Thursday 2 October 2008

私の卑小な人生に目撃者がいたなら(スティーヴン・クレイン)

私の卑小な人生に目撃者がいたならば、
私のちっぽけな苦しみやもがきに、
彼は馬鹿者を見ることになる。
しかし神々が馬鹿者どもを脅すというのは良くないんじゃないかい。

(Stephen Crane, "If there is a witness to my little life")

「そして父たちの罪は」(スティーヴン・クレイン)

「そして父たちの罪は子供たちの頭に現れる、私を憎む三世代、四世代後の者にすら。」

そうか、だったら、私は汝を憎むよ、徳を欠いた肖像画よ、
邪悪な似姿よ、私は汝を憎む。
だから、汝も復讐しろよ
盲目に近づいてくる、あの
小人たちの頭を打てよ。
そうするのが勇敢なことさ。

(Stephen Crane, "And the sins of the fathers...")

Wednesday 1 October 2008

あるさびしい場所で(スティーヴン・クレイン)

あるさびしい場所で、
私はひとりの賢者に出会った、
腰を下ろし、じっとしたまま、
彼は新聞を見つめていた。
彼は私に話しかけた、
「これはいったい何でしょうかな?」
それで私は自分のほうが、この賢者よりも偉大、
そう、より偉大なのだと知った。
私はただちに彼に答えた。
「ご老人、ご老人、これは時代の英知というものですよ」
賢者は賞讃の目で私を見上げた。

(Stephen Crane, "In a lonely place")

Tuesday 30 September 2008

この広大な世界がたとえ(スティーヴン・クレイン)

この広大な世界がたとえ、
黒い恐怖と、
無限の夜を残して転がり去ったとしても、
おれにとって不可欠なのは
神でも、人でも、しっかりした足場でもない、
もしきみときみの白い両腕があるならば、
そして長い道のりを約束された堕落があるならば。

(Stephen Crane, "Should the wide world roll away")

Sunday 28 September 2008

私は高いところに立っていた(スティーヴン・クレイン)

私は高いところに立っていた、
そして見た、下の方に、多くの悪魔らが
かけまわり、跳びまわり、
どんちゃん騒ぎで罪にふけっているのを。
一匹が見上げて、にやにや笑いながら
いうのだ。「同志! 兄弟!」

(Stephen Crane, "I stood upon a high place")

Monday 15 September 2008

エロス(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

こんな風に夏が名残ったことはなかった
私たちの唇に
そして水に
----私たちは何と死ぬことができただろう、
あんなにも近く
裸で、無垢で?

(Eugénio de Andrade, Eros)

Friday 12 September 2008

隠喩の動機(ウォレス・スティーヴンズ)

きみは秋の樹木の下が気に入っているね、
なぜならすべてが半ば死んでいるからだ。
風は木の葉のあいまを不自由に動き
意味のない語を反復する。

おなじように、きみは春にも幸福だった、
四分の一できあがった物たちの半ばだけの色彩に、
少しだけより明るい空、溶ける雲、
一羽だけの鳥、暗い月----

暗い月が暗い世界を照らしているのだ
けっして完全には表現されない事物の世界を、
そこではきみ自身けっして十分きみ自身でなく
そんなことは望みもせずそうある必要もなかった、

変化の快活さを望みながら。
隠喩への動機は原初の月の
重みから収縮していた、
存在のABCから、

赤と青の
ハンマー、硬い音----
血色のよい気質にぶつかる鋼----鋭い閃光、
生気にみちて、傲慢で、致命的で、支配的なX。

(Wallace Stevens, The Motive for Metaphor)

Thursday 11 September 2008

秋の場所(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

秋、キイチゴの迷宮、
子音の、つまり緩慢な瞳の、
無数の水と背が高いハンノキの川の、
そこでは蝉の
最後の光が歌う、
ガラスでできた、羽のような、白い光が。

(Eugénio de Andrade, Lugares do outono)

あの雲とともに(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

どんな星をめざして成長しているんだ、
息子よ、どんな夜明けの星めざして?
いってごらん、そっと教えてくれよ、
まだ時間があるのかどうか、
おれとあの雲、あの高い雲が、
おまえと一緒に行くための。

(Eugénio de Andrade, Com essa nuvem)

ひまわり(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

こんなふうに震える、裸の
光は、ひまわりからしか来ない。
こんな気むずかしい花が私の家に
来てくれてとても誇らしいんだ。
これがあるいは最後の夏だから、
おれの欲望も気楽なものさ。
だが、私はひまわりを誇らしく思う。
まるで自分がその兄弟でもあったかのように。

(Eugénio de Andrade, Os girassóis)

Wednesday 10 September 2008

激しく流れる、きみの体は川のようだ(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

激しく流れる、きみの体は川のようだ
そこでおれの体が溺れる。
耳をすませば、聞こえるのはきみの音だけ。
おれの音なんて、ごくわずかな兆しすらない。

おれがたどった身振りのイメージが
純粋かつ完全なものとしてほとばしる。
それでおれはそれを川と名付けた。
そこでは空がひどく近くなる。

(Eugénio de Andrade, Impetuoso, o teu corpo é como um rio)

私は花の名前をもっている(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

私は花の名前をもっている
あなたが私を呼ぶとき。
あなたが私にふれるとき、
私だってわからない
私は水なのか、若い女なのか、
それとも横切ってきた果樹園なのか。

(Eugénio de Andrade, Tenho o nome de uma flor)

待つこと(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

何時間も、終わりなき時を、
重く、深い時を、
おれはきみを待っていよう
すべてが黙りこむまで。

一個の石が突然出現し
花開くまで。
一羽の小鳥がおれののどから出てきて
沈黙の中に姿を消すまで。

(Eugénio de Andrade, Espera)

あった(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

あった
ひとつの単語が
暗がりに。
小さく。目立たず。

暗がりで槌音を立てていた。
槌打っていた
水でできた床を。

時の奥底から
槌打っていた。
壁を打っていた。

ひとつの単語。
暗がりで。
私を呼んでいた。

(Eugénio de Andrade, Havia)

壁は白い(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

壁は白い
そして突然
壁の白さに夜が降りかかる。

沈黙に近い一頭の馬がいる、
口に冷たい石をひとつくわえている、
眠りで盲目になった石ころを。

いまきみが来てくれたなら
あるいはきみの顔を澄みきって途方にくれた
おれの顔の上に傾けてくれたなら
おれはきみを愛するだろう、
ああ、人生。

(Eugénio de Andrade, O muro é branco)

歌わない、なぜなら夢見ているから(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

歌わない、なぜなら夢見ているから。
歌うのはきみが現実にいるからだ。
歌うのはきみの熟したまなざし、
きみの澄んだ微笑み、
きみの動物の優美さ。

歌うのはおれが人間だから。
歌わなければおれはただ
快活にくらくらと酔っぱらった
獣になってしまうだろう
葡萄酒なききみの葡萄畑で。

歌うのは愛がそれを望むから。
輝くきみの両腕の中で
干し草が熟れていくから。
その両腕が裸で汗にまみれているのを見て
おれの体が震えるから。

(Eugénio de Andrade, Não canto porque sonho)

Tuesday 9 September 2008

目覚め(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

一羽の小鳥か、ひとつの薔薇か、
海か、私を起こすのは?
小鳥でも薔薇でも海でも、
すべては熱、すべては愛。
目覚めるとは薔薇の中で薔薇に、
翼の中で歌に、海の中で水になること。

(Eugénio de Andrade, Despertar)

絶望の歌(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

目だって何と言えばいいのかわからない
この快活な薔薇に対して、
私の両手の中や
一日の髪の中で花開くそれに。

私が夢見たのはただ水だけ、
水だけ、冷たさに赤くなった。
どんな薔薇もこの悲嘆には収まらない。
一隻の船の陰をおれにくれ。

(Engénio de Andrade, Cançao desesperada)

歌(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

きみは雪だった。
愛された白い雪。
夜明けの閾にいる
涙とジャスミン。

きみは水だった。
口づけすれば海の水。
高い塔、魂、舟、
始まりも終わりもしない別れの挨拶。

きみは果物だった
私の指の中で震える。
ぼくらには歌うことも
飛ぶこともできた、死ぬこともできた。

けれども五月が
飾り立てたその名の
色彩も
味も残らなかった。

(Eugénio de Andrade, Cançao)

Saturday 30 August 2008

アントナン・アルトーの手紙から

マルト・ロベールへ

            エスパリオン、一九四六年四月七日。
 親愛なるマルト、
 これほどしばしば書いてはきみをわずらわせることを許してください。けれどもきみは、きみの意識の中にも、雷鳴や稲妻のそれにも似た動揺を感じることがときどきあることに気づいた、といっていました。

 真実をいうなら、事態はもはや正常ではなく、この世界は崩壊しつつあるのです。数々の書物の中でアポカリポスと呼ばれているものは実際はとっくの昔にはじまっているのですが、最後の馬鹿者たちもいつもいて、瀕死の世界がいまなお持ちこたえていると信じようと新聞を発行したりしています。

 意識の中のみならず本物の大気に、一日のうちのある時々に、激震が走るのです。

 その理由は無数の秘密結社が狂熱に浮かされたように意識を攻撃するからであり、意識がそれに応答して、防御しようとするからです。そして私は私の意識に対して加えられた攻撃に絶えまなく反応しており、きみにもそれに反応するよう勧めます。その理由は私がこの混沌を終わらせることのできる力を持っているからですが、地球各地のあらゆる種類の人々があらゆる手段を使って私からその力を奪おうとしています。―――不幸にも私はサンタンヌ病院でのノデ医師の治療中に毒を盛られ、そのとき以来、この計画のためには力不足になっています。治療法はあったのです、青酸の解毒剤になるのはオピウムだったのですが、それを私のところまで持ってきてくれようとした人はすべてオカルト的千里眼により警察に通報され、逮捕されたり暗殺されたりしました。私は一九四四年十月十四日以来アニー・ベナールからの報せをうけとっていないのですが、その日付とは私に薬を持ってきてくれようと彼女がパリを離れた日だということはわかっていて、きみがケ・ブルボン四十五番地で見た人というのは彼女ではなく替え玉だということを、私は確信しています。こうしたことはいつも起こっており、きみもラティウムやエトルリアでの替え玉の歴史を覚えているでしょう。それらの土地でも、替え玉が生きているあいだは、誰もそんなことは信じなかったのです。それがわかるのは百年後。しかしアニーについては、この私にはたったいまからわかっているのです。

 コデインの錠剤いくつかが、事態がおさまるまでさしあたってのあいだ、ときおり呼吸困難をやわらげてくれる代用品となるでしょう。

 それに私は努力してもいます。どのような平面においても、私に関しては、けっして絶望しないでください。
  心からきみの。

               アントナン・アルトー。

Thursday 28 August 2008

キューバ人の医者(ウォレス・スティーヴンズ)

私はインド人から逃れるためにエジプトに行った、
だがインド人は彼の雲
彼の空から打ちかかってきた。

これは月で育てられた虫ではない、
幽霊的空気から遠くもぞもぞと降りてくる虫、
居心地のよいソファで夢見られるような。

インド人は打ちかかってきて姿を消した。
敵がそばにいることを私は知っていたーー私、
夏のひどく眠たい角笛の中でまどろんで。

(Wallace Stevens, The Cuban Doctor)

飛行家の墜落(ウォレス・スティーヴンズ)

この男は汚れた運命を逃れた、
自分は高貴な死に方をしたと知りつつ、たしかにそんな死だった。

人間の死後の暗闇、無が、
空間の深みの中に彼を受け入れ、そこに留めた----

そこはprofundium、肉体の雷、信仰をもたぬまま
信仰を超えて、私たちが信じている次元。

(Wallace Stevens, Flyer's Fall)

ポーランド人の伯母との会談(ウォレス・スティーヴンズ)

       彼女は天国(パラディ)のすべての伝説
       とポーランド(ポローニュ)のすべての
       民話を知っていた。
                「両世界通信」

      彼女
ヴォラギーネに出てくる私の聖者さまたちが、
あの刺繍のあるスリッパをはいて、おまえの憂鬱にふれるとはどういうこと?

      彼
老いたパンタローネ(道化)たち、春の女将!

      彼女
想像力とは事物の意志......
こうして、ありふれた働き手にもとづいて、
おまえは藍をまとった女たちを夢見るのね、
燃える秘密を、ひそかに、読むために
より近くある星々にむかって書物を掲げている彼女らを。

(Wallace Stevens, Colloquy With a Polish Aunt)

風が変わる(ウォレス・スティーヴンズ)

こんなふうに風が変わるのだ。
いまでも熱心に
そして絶望的に考えている
老いた人間の思考のように。
こんなふうに風が変わるのだ。
いまでも自分の中に非合理的なものを感じている、
幻想をもたない女のように。
こんなふうに風が変わるのだ。
誇らかに接近する人間たちのように、
怒りつつ接近する人間たちのように。
こんなふうに風が変わるのだ。
重くて、沈鬱で、
どうなってもいいと思っている人間のように。

(Wallace Stevens, The Wind Shifts)

Wednesday 27 August 2008

泥の達人(ウォレス・スティーヴンズ)

春の泥水の川が
歯をむきだして唸っている
泥の空の下で。
心が泥だ。

それなのに、心にとって、ふくらむ
緑の新しい土手は
そうでない。

黄金の空の側では
そうでない。
心が唸る。

ピッカニーン(黒んぼの子供)のうちいちばん黒いやつ、
そいつが泥の達人です。
光の筋が
遠くで、空から地へと降っているが、
それがそいつだ----

桃のつぼみの作り手、
泥の達人、
心の達人。

(Wallace Stevens, Mud Master)

青いギターをもった男33(ウォレス・スティーヴンズ)

泥の中におとしめられたあの世代の
夢は、月曜日の汚れた光の中で、

その通り、かれらが知っている唯一の夢は、
最終ブロックにある時間、やがて

来るべき時間ではなく、二つの夢の言い争いではなく。
ここにあるのは来るべき時間のパン、

これがその現実の石。そのパンが
われわれのパンとなるだろう、石が

夜になればわれわれが眠るわれわれのベッドとなるだろう。
昼になれば忘れてしまうだろう、覚えているのは

われわれが演奏することを選ぶときだけだ、
想像の松を、想像のカケスを。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男32(ウォレス・スティーヴンズ)

光は、定義は、どれも投げ捨てろ、
そしてきみが暗闇に見るものに関していえばいいさ

それはこれだとかそれはあれだとか、
だが腐った名前は使わないこと。

なぜきみはあの空間の中を歩いて
空間の狂気について何も知らず、

そのふざけた生殖について何も知らずにいられるのか?
光なんかぜんぶ捨てろ。きみと

かたちの殻が破壊されたとききみがとる
かたちのあいだに邪魔物は入れるべきでない。

きみとしてのきみ? きみはきみ自身だ。
青いギターはきみを驚かす。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Tuesday 26 August 2008

青いギターをもった男31(ウォレス・スティーヴンズ)

雉子はどれだけ長く、いつまで眠るんだ......
雇い主と雇われ人がかれらの

滑稽な仕事を争い、戦い、構成する。
泡立つ太陽は泡を出して、

春が火花を散らし雄鶏が金切り声を出す。
雇い主と雇われ人は耳にして

かれらの仕事を続ける。その金切り声が
小薮をゆさぶる。居場所がない、

ここには、空の博物館で、
心に打ちつけられた雲雀には。雄鶏が

かぎ爪で摑まって眠るだろう。朝とは太陽のことではない、
神経のこんな姿勢のことだ、

あたかも腕の鈍った弾き手が青いギターの
いろんなニュアンスを把握したように。

それはこのラプソディであるか、あるいは無だ、
あるがままの事物のラプソディ。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男30(ウォレス・スティーヴンズ)

これから私は人間を進化させる。
これが人間の本質だ。古い腕人形(ファントッシュ)なのだ。

風に自分のショールをかけている、
まるで舞台上にいる何かみたいに、頬をふくらませ、

彼の気取った歩きぶりは何世紀にもわたって研究されてきた。
そしてついに、彼の物腰にもかかわらず、彼の目は

重い電線を支える電柱の
横木に止まり、Oxidiaという

ありふれた郊外を投げ捨てた。
分割払いは半分支払済み。

朝露をはずませる受け狙いの演技が
機械の上のぞんざいな山から炎を噴いている。

見よ(ecce)、Oxidiaとはこの
琥珀色の燃えさしみたいなさやからこぼれた種子にすぎない、

Oxidiaとは火の煤のこと、
Oxidiaとはオリンピア。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Monday 25 August 2008

青いギターをもった男29(ウォレス・スティーヴンズ)

カテドラルで、私は腰をおろし、読んだ、
ひとりで、一冊の薄っぺらな雑誌を、そしていった

「地下倉でのこれらの味見は
過去と祭りを対立させている、

カテドラルを超えて、外にあるものは、
婚礼の歌とバランスをとっている。

つまりそれは腰をおろし事物のバランスをとること、
あれにもこれにも静止に達するまで、

ある仮面に関して、のようだということ、
別の仮面に関して、のようだということ、

バランスが完全に落ち着くことはないと、
またどんなに似ていても仮面は奇妙なものだと知ること」

かたちがまちがっているし音は嘘だ。
鐘は雄牛の低い鳴き声だ。

それなのにフランチェスコ会士の先生は
この肥沃な鏡の中で以上に彼自身であったことはない。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男28(ウォレス・スティーヴンズ)

私はこの世界の土着民で
その中で土着民らしい考え方をする、

ジェズ、私が自分のものと呼ぶような
思考を考えているような心の土着民ではない、

土着民、この世界の土着民であって
土着民のようにその中で考える。

それは心であるはずがない、水っぽい草が
その中を流れてゆきながらも一枚の

写真のように固定されているそんな波、
その中で枯れた木の葉が吹かれているような風。

ここで私はより深い力を吸いこみ
私自身として、私は語り動き

すると事物は私がそうであると思うとおりの事物であって
私がいうとおりに青いギターの上にある。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男27(ウォレス・スティーヴンズ)

海が屋根を白くするのだ。
海は冬の空気の中を漂ってゆく。

北風が作るのは海だ。
海は降る雪の中にある。

この暗闇は海の暗さだ。
地理学者たちよ哲学者たちよ、

よくごらん。あの塩のカップがなければ、
軒についた小さなつららがなければ----

海など嘲笑の一形式にすぎない。
氷山の背景が諷刺するのは

自分自身になれない悪魔であり、
そいつは旅しているのだ、変化する風景を変化させるため。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男26(ウォレス・スティーヴンズ)

彼の想像力に洗われた世界、
世界は海辺だった、音なのか形なのか

それとも光、いくつもの別れの遺物、
岩、別れのこだまの、

それにむかって彼の想像力が帰還し、
そこからそれが急いで立ち去った、空中の砂州として、

砂は雲のうちに盛り上がり、殺人的な
アルファベットと戦う巨人だった。

思考の、接近不可能な
ユートピアの夢の群れ、

山のような音楽はいつも
落下し過ぎ去ってゆくところだと見えた。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男25(ウォレス・スティーヴンズ)

彼は世界を彼の鼻の上に載せ
そしてこんなふうにして彼は投げ捨てた。

彼の衣裳と象徴ときたら、あいやいやい----
そしてそんなふうにして彼は世界をくるりと回した。

樅の木のように暗く、液体の猫たちが
音を立てずに草の中で動いた。

草がぐるりと回っていることをかれらは知らなかった。
猫は猫を捕らえ草は灰色になり

世界は、あい、こんなふうに、諸世界を捕らえた。
草は緑になり草は灰色になった。

そして鼻は、あんなふうに永遠なのだ。
あるがままの事物、あるがままの事物、

いつかしだいにそうなるであろうがままの事物......
一本の太い親指があいやいやいと拍子をとる。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男24(ウォレス・スティーヴンズ)

泥の中に見つかったミサ典書
のようなひとつの詩、あの若者のためのミサ典書、

あの本に対してひどく飢えているあの学者、
あの本そのもの、というか、むしろ一ページに、

というか少なくともひとつの句、あの句に、
人生の鷹、ああのラテン語化された句に。

知るために。じっと考えこむ目つきのためのミサ典書を。
あの鷹の目に直面し、その目にではなく

直面がもたらすよろこびに後ずさりすること。
私はふざけているさ。だがこれが私が考えていることなのだ。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Sunday 24 August 2008

青いギターをもった男23(ウォレス・スティーヴンズ)

いくつかの最終的解決、葬儀屋との
デュエットみたいに。雲の中の声、

地上のもうひとつの声、一方はエーテルの
声で、もう一方はどうも酒の匂いがし、

エーテルの声のほうが優位で、雪の中の
葬儀屋の歌のうねりが

花環に呼びかけ、雲の中の
声は晴朗で最終的で、ついで

豚のうなるような息も晴朗で最終的で、
想像と現実とか、思考と

真理とか、詩(Dichtung)と真実(Wahrheit)とか、
すべての混乱が解決する、ちょうど

あるがままの事物の本性をめぐって
年ごとに演奏しつづけるリフレインにおけるがごとく。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男22(ウォレス・スティーヴンズ)

詩が詩作の主題、
ここから詩作が出発して

ここに帰ってゆく。両者のあいだに、
出発と帰還のあいだに、あるのは

現実におけるある不在、
あるがままの事物。とわれわれはいうわけだ。

だが両者は別々のものなのか? それは
詩作にとって不在なのか、詩作が

その真の外見をそこで獲得するのに、太陽の緑と、
雲の赤と、感じる大地と、思考する空から?

こうしたものからそれは得る。おそらくそれは与える、
普遍的な交流において。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男21(ウォレス・スティーヴンズ)

すべての神々の代替物だ。
この自己、あの超然とした黄金の自己でなく、

孤独で、拡大された自分の影であり、
身体の主として見下ろしている、

今もそうしているように、そして声高に呼ぶ、
より広大な天空においてチョコルアの影を、

超然とし、孤独な。土地とその土地に住む
人々の主なのだ、至高の主、
自分の自己であり自分の土地の山々だ、

影もなく、壮麗でもなく、
肉と、骨と、土と、石。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Monday 18 August 2008

青いギターをもった男20(ウォレス・スティーヴンズ)

人生に何があるのだろう、人の想念と、
良い空気、良い友人を除けば人生に何がある?

私が信じているのは想念なのですか?
良い空気、私の唯一の友人、believe

Believeこそが愛にみちた
兄弟であるだろう、believeこそ友人だろう、

私の唯一の友人である良い空気以上に
友好的な、哀れな青ざめた、哀れな青ざめたギター......

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男19(ウォレス・スティーヴンズ)

その怪物を私自身へと還元し
なお怪物に対面しつつ

私自身であれるならいい、その一部分
以上のものとして、その怪物的なリュートの

ひとつの怪物的な奏者以上のものとして、
ひとりではなく、怪物を還元した上で

二つの物となるのだ、二つが一緒になってひとつとなり、
怪物と私自身のことを奏でる、

あるいは私のことなどぜんぜんふれないほうがいい、
そうではなくてそれ自身の知性のことを、

その知性とはライオンが石に封じこめられる前の
リュートの中のライオン。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男18(ウォレス・スティーヴンズ)

対象と対面しつつ私が
信じることができるある夢(それを夢と呼ぶとして)、

もはや夢ではない夢、一個のもの、
ありのままの事物の、ちょうど青いギターが

ある夜、長らくつまびかれたのち
手ではなく感覚のタッチを出すように、

それは感覚がwind-glossに
ふれるときの感覚そのものだ。あるいは日の光が、

崖に反射する光のように、
exの海から立ち上がってくるときのような。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男17(ウォレス・スティーヴンズ)

人には鋳型がある。だがその
動物的部分ではない。天使的な者たちは

魂の、心の話をする。それは
動物だ。青いギター----

その上でその爪が提案し、その牙が
その荒んだ日々をきちんと発音する。

青いギターが鋳型なのか? あの殻が?
まあね、結局、北風が

角笛を鳴らし、その上で、その勝利は
一本の麦わらを使って作曲する一匹の毛虫。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男16(ウォレス・スティーヴンズ)

地球は地球ではなく一個の石だ、
落ちてゆく男たちを捕らえてくれる母親でなく

石だ、だが石のようにそうなのではない。母では
ないのだが抑圧者であり、生きている

者が生きているからといってうらやむのと
おなじく、かれらの死をうらやむような抑圧者だ。

戦いの中で生きること、戦って生きること、
不機嫌なプサルテリウム(中世の弦楽器)を叩き切ること、

イェルサレムの下水道を改良すること、
雨雲に電気を与えること----

祭壇に蜂蜜を置いて死になさい、
心には苦いものがある恋人たちよ。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男15(ウォレス・スティーヴンズ)

ピカソのこの絵、この「破壊の
蓄積」、われわれ自身の絵、

いったいこれはわれわれの社会のイメージか?
ここで私は、裸の卵として歪形され

秋の満月への別れを捉えているのか
収穫も月も見ぬままに?

ありのままの事物は破壊されてしまった。
私が? 私は料理が冷めて

しまった食卓で死んでいる男?
私の思想とは記憶にすぎず、生きているものではないのか?

床の、ほらそこにある染みはワインか血か
そのいずれであれ、それは私のものなのか?

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Sunday 17 August 2008

青いギターをもった男14(ウォレス・スティーヴンズ)

はじめひとすじの光線、ついでもうひとつ、それから
千のそれが空にひろがってゆく。

ひとつひとつが星にして大地であり、日とは
それらの大気の富にほかならない。

海はそのぼろきれみたいな色を貼りつけている。
海岸はつつむような霧の土手だ。

まるでドイツのシャンデリアだといいたくなる----
一本のろうそくで世界を照らすには十分だ。

それがそれを明瞭にする。正午にすら
それは本質的な暗闇の中できらめく。

夜には、それは果物とワインを照らす、
本とパンを、ありのままの事物を、

人が腰を下ろして青いギターを弾いている
キアロスクーロの中で。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男13(ウォレス・スティーヴンズ)

青への青ざめた侵入は
腐敗させる蒼白さだ......あい、まったく、

青いつぼみか真黒な花だ。満足せよ----
拡張とか、分散とか-----ただ

汚れのついていない愚かな夢想であることに満足せよ、
青の世界の先触れ的な

中心であることに、百の顎ですべらかな青の
恋愛主義(amorist) の「形容詞」が燃え立つ......

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Saturday 16 August 2008

青いギターをもった男12(ウォレス・スティーヴンズ)

トムトム、それは私(C'est moi)。青いギターと
私はひとつだ。オーケストラは

ホール自体とおなじくらい背が高い
シャッフルする男たちがホールをみたす。群衆の

混乱をきわめた雑音が低くなり、すべてが語られる、
夜、目覚めたまま横たわっている彼の息に。

私はあの臆病な呼吸を知っている。どこで
私がはじまり終わるのか? そしてどこで

そのものをつまびきながら、私は手に入れるのか
私ではないと勿体ぶって宣言しながらも

たしかに私たちにちがいないものを。
それは他の何物でもありえないじゃないか。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男11(ウォレス・スティーヴンズ)

ゆっくりと石の上のツタが
石になってゆく。女たちは

都市となり、子供たちは野原となり
波の中の男たちは海となる。

和音が偽造するのだ。
海は男たちの上に回帰し、

野原は子供たちを罠にかけ、煉瓦は
草でありすべての蠅たちは捕らえられ、

羽をむしられ萎れながらも元気に生きている。
不協和音はただ増幅させる。

腹の時の暗闇の中の、より
深いところで、時は岩の上で成長する。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男10(ウォレス・スティーヴンズ)

ひどく赤い円柱を立てなさい。鐘を鳴らし
錫がつまったくぼみを叩いてみなさい。

書類を街路に投げ出しなさい、死者の
遺言だ、立派な封印がされている。

それから美しいトロンボーン----見よ
誰にも信じられない者の接近を、

全員が信じていると全員が信じている者、
つやつやの車に乗った一人の異教徒を。

青いギターの上でドラムをどろどろと鳴らせ。
尖塔から身を乗り出してごらん。大声でいえ、

「私はここだ、わが敵対者よ、きみ
と対決しに来たぞ、みごとなトロンボーンを吹きながら、

けれども心にはちっぽけな惨めさ、
ちっぽけな惨めさ、

きみの終焉への序曲、
触れれば人々も岩もぐらぐら倒れそうになる」

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男9(ウォレス・スティーヴンズ)

そしてその色、空気をすっぽりと包む
青、その中で青いギターは

一個のかたちであり、なんとかやっと描写されていて、
私はただ矢のような、静止した弦の上に

かがみこんでいる影にすぎない、
まだこれから作られるべき物の作り手だ。

あるムードから成長する思想に
似た色彩、俳優の

悲劇的な衣裳、半分は彼の仕草で
半分は彼の台詞で、それは彼の意味のドレス、彼の

メランコリーの言葉に濡れた絹、
彼の舞台の天候、彼自身。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男8(ウォレス・スティーヴンズ)

いきいきとして、華麗で、ふくらんだ空、
どしゃ降りをもたらす雷がごろごろと過ぎてゆく、

朝はまだ夜に浸されていて、
雲はすべて騒擾にみちた明るさ

そして冷たい和音を重く抱く感情が
熱烈な合唱めざして闘争し、

雲のあいまで悲鳴をあげる、空中の
黄金の敵対者たちに怒り狂って----

わかっているさ、私の怠惰で、重苦しいじゃらんは
嵐の中の理性のようなものだと。

それなのにそれは嵐にがまんさせる。
私はそれをじゃらんと鳴らしそこに置き去りにする。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男7(ウォレス・スティーヴンズ)

私たちの仕事を分担してくれるのは太陽だ。
月は何にもしない。それは海でしかない。

いつ私は太陽についていうことになるだろう、
それは海でしかない、と。何にもしない、と。

太陽はもはやわれわれの仕事を分担せず
地球は這い回る人間でざわめいている、

けっして十分に熱のない機械仕掛けのかぶと虫で?
そしてそのとき私は太陽の中に立つのだろうか、いま

こうして月の中に立っているように、そしてそれを良きことと呼ぶのか
われわれからも、ありのままの事物からも離れた

無垢で、慈悲深き良きことと?
太陽の一部にならないことが? 遠く離れて

立ちそれを慈悲深いと呼ぶことが?
青いギターの弦は冷たいままだ。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Friday 1 August 2008

青いギターをもった男6(ウォレス・スティーヴンズ)

ありのままの私たちである私たちを超えた曲、
でも青いギターによっては何も変わっていない。

私たちはその曲の中に空中にいるようにいる、
だが何も変わっていない、ありのままの

事物の位置を除いては、そして位置というのは
きみが青いギターで事物を奏でるかぎりにおいての

位置だから、変化のコンパスを超えて、
最終的大気の中で知覚されたもの。

しばしのあいだ最終的なのだ、芸術という
思考が最終的だと見えるように、

神の思考が煙る朝霧であるのに対して。
曲は空間だ。青いギターは

ありのままの事物の場所となる、それは
ギターの諸感覚が作るもの。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男5(ウォレス・スティーヴンズ)

私たちにむかって詩の偉大さを語るな、
地下で束になったたいまつのことや、

光の尖端にある丸屋根の構造のことを。
私たちの太陽には影がなく、

昼は欲望で夜は眠りだ。
影はどこにもない。

大地は、私たちにとって、平坦で裸。
影なんかない。詩

は音楽を超えたものとして空っぽな
天とその讃美歌の場所を奪わなくてはならない、

詩にいる私たち自身がその場所を奪わなくてはならない、
きみのギターのおしゃべりの中でさえ。

(Wallece Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男4(ウォレス・スティーヴンズ)

だったらそれが人生なんだ。ありのままの事物が?
人生は青いギターの上に道を見出す。

ひとつの弦の上に百万人の人々?
そしてかれらのマナーのすべてがその物の中にあるのか、

そしてかれらのマナーのすべてが、正しかろうがまちがっていようが、
そしてかれらのマナーのすべてが、弱かろうが強かろうが?

いろんな感情が狂ったように、狡猾に呼びかける、
秋の大気中の蠅のブーンという羽音みたいに、

だったら、それが人生なんだ。ありのままの事物が、
青いギターのこのブーンという羽音が。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Thursday 31 July 2008

青いギターをもつ男3(ウォレス・スティーヴンズ)

ああ、だが第1番の人間が演じることは、
彼の心臓に短刀をつきさすこと、

彼の脳を板の上に置き
舌を刺す色を取り除いてゆくこと、

彼の思想を扉に打ちつけ、
その翼をひろげさせて雨や雪にさらすこと、

彼の生きたハイやホーを打ち、
それをtickし、tockし、現実にし、

野蛮な青からそれを叩き出すことだ、
弦の鋼をじゃらじゃらと鳴らして。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男2(ウォレス・スティーヴンズ)

私は世界をまったく丸くすることができない、
できるかぎりとりつくろってみようとするのだが。

私は英雄の顔を歌う、大きな眼
と髭をもつブロンズ像を、だが人間ではない、

できるかぎり彼をとりつくろってみようとするものの
そして彼を通してほとんど人間に届こうとするものの。

ほとんど人間にむかってセレナーデを歌うことが
そうすることで、ありのままの事物を失うことだとしたら、

だったらいってやれ、それは青いギターを
弾く男のセレナーデなのだと。

(Wallce Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男1(ウォレス・スティーヴンズ)

男がギターにかがみこんでいる。
刈り手みたいなものか。日は緑。

かれらがいった、「きみは青いギターをもっているね、
きみは事物をありのままに演奏しない」

男は答えた、「ありのままの事物が
青いギターにかかると変わるんだ」

するとかれらがいった、「だがおまえは奏でなくては
ならない、われわれを超え、なおわれわれ自身であるような曲を」

それは青いギターが奏でる
まさにありのままの事物。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Tuesday 29 July 2008

つまらない死の商人(ウォレス・スティーヴンズ)

石壁のそばにいる二人は
死のくだらない一部だ。
草はまだ緑。

けれども完全な死、
破滅、ひどく高くかつ
深い死があって、すべての表面をおおい、
心をみたす。

ここにいるのは死の小さな町民たち、
ひとりの男とひとりの女で、木に
しがみつく二枚の木の葉のようだ、
冬が凍りつき黒く成長する前にーー

ひどく高くかつ深く
何の感情もなく、しずけさの領分として、
そこではやつれはてた人影が、一個の楽器をもって、
空白の最後の音楽を提供している。

(Wallace Stevens, Burghers of Petty Death)

ある特定者の経過(ウォレス・スティーヴンズ)

きょうは木の葉が鳴く、風に吹かれる枝にぶら下がって、
けれども冬の無は少しだけ少なくなった。
それはまだ凍った陰や固い雪でいっぱいだが。

木の葉が鳴く......人はただ離れてその悲鳴を聞くだけ。
それは誰か別の人を求めてのせわしない悲鳴だ。
そしてたとえ自分はすべてのものの一部だといってはみても、

そこには葛藤があり、それなりの抵抗がある。
そして一部であることは、しだいに衰える力の行使。
感じるのは生命をそのものとして与えるものの生命。

木の葉が鳴く。それは神が注意しているような鳴き声ではなく、
吹き消された英雄たちの名残る煙でも、人間の悲鳴でもない。
それはみずからを超越することのない悲鳴。

ファンタジアの不在において、空気の最終的発見の中、
物自体の中にある以上の意味はなく、
やがて、ついには、その悲鳴は誰にも関わりがなくなるのだ。

(Wallace Stevens, The Course of a Particular)

Wednesday 23 July 2008

ふたつの梨の習作(ウォレス・スティーヴンズ)

I
Opusculum paedagogum.
梨はヴァイオルではない、
ヌードでも瓶でも。
それは他の何にも似ていない。

II
それは黄色いかたちで
曲線でできていて
下の方がふくらんでいる

III
それは曲線の輪郭をもつ
平らな表面ではない。
まるくて
上にむかうにつれて細くなる。

IV
それはところどころ青が入るように
できている。
一枚の硬く乾いた葉が
茎からぶらさがっている。

V
黄色がきらめく。
さまざまな黄色をもってきらめく、
レモン色、オレンジ色、緑
果皮の上に花ひらく。

VI
梨の影は
緑の布の上のしみ。
梨は見る者がそう望む
ようには見られない。

(Wallace Stevens, Study of Two Pears)

Tuesday 22 July 2008

ギターを欠いた別れ(ウォレス・スティーヴンズ)

春の明るい楽園がこういうことになった。
いまでは千の葉をもつ緑が地面に落ちている。
さようなら、私の日々。

千の葉をもつ赤が
この光の雷鳴となった
秋の終着とともにーー

スペインの嵐だ、
広大でしずかなアラゴン風の、
その中を馬が乗り手なく家にむかって歩く、

頭を下げて。反映と反復、
かつて乗り手だった者の
鞭や新鮮な感覚の打撃は

それだけで最終的な建築なのだ、
ガラスと太陽のように、男性的現実の
そしてあの他の人と彼女の欲望の。

(Wallace Stevens, Farewell Without a Guitar)

Sunday 20 July 2008

昼食のあとの航海(ウォレス・スティーヴンズ)

そのpejorative(軽蔑的な)という単語が痛いのだ。
私の古い小舟は松葉杖を使ってぐるぐるとめぐり
まともに進もうとしない。
一年のうちのそんな時
一日のうちのそんな時なのだ。

たぶん私たちが食べた昼食
あるいは私たちが食べるべきだった昼食のせいだ。
だが私は、いずれにせよ、
きわめてさい先の良い場所にいる
きわめて似つかわしくない男だ。

神よ、詩人の祈りを聞いてください。
ロマンティックなものはここにあるのでは。
ロマンティックなものはあそこにあるのでは。
それはいたるところになくてはならない。
けれどもロマンティックなものは留まってはいけない、

神よ、そして二度と戻ってきてはならないのだ。
この重い歴史的な航海が
本当に目が回るような舟で
湖のもっともそうあらねばならない青を抜けてゆく
とはまったく気の抜けた偽りだ......

人の目が見るものなど大したものではない。
人が感じる感じ方が肝心なのだ、たとえば
私の精神がいるところに私はいる、ということ
軽い風は帆に心配させる、ということ
きょう水は軽快だ、ということ、

すべての人々を削除し豪奢な
操舵輪の生徒となりそれで
あのかすかな超越性を汚れた帆に与えること、
この光、自分の感じるところでは鋭い白の光の下で、
それから夏の大気を抜けて快活に進んでゆくこと。

(Wallace Stevens, Sailing After Lunch)

Saturday 19 July 2008

天体に似た原始人12(ウォレス・スティーヴンズ)

そうだ。恋する者は書く、信ずる者は聞く、
詩人はつぶやき画家は見る、
それぞれが、自分の運命的奇矯さを、
部分として、だが部分にすぎず、だが頑固な素粒子として、
エーテルの骸骨の、文芸と、予言と、
知覚と、色彩のかたまりの全体の、
無の巨人だ、ひとりひとりが、
それも絶えず変化する、変化のうちに生きている巨人。

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

Friday 18 July 2008

天体に似た原始人11(ウォレス・スティーヴンズ)

ここにあるのは、したがって、頭を与えられた抽象だ、
地平線上のひとりの巨人、両腕を与えられて、
巨大な胴体と長い両脚、ゆったりと延ばし、
図解のある定義、けっして非常に正確に
ラベルがつけられているわけではなく、
その小さな姿たちのあいだでひとつだけ大きく、密着した、
親のような大きさで、地平線の中央に、concentrum に、
いかめしく、驚くべき人としてそこにいる、諸起源の守護者。

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

天体に似た原始人10(ウォレス・スティーヴンズ)

それは巨人なのだ、つねに、縮尺上
進化するのは、美徳が彼を切りつめないかぎり、
大きさと孤独をちょきんと切る、そうすると考えないかぎり、
まるでマントルピース上の一枚の署名入り写真のように。
けれどもこのvirtuoso(達人)はけっして彼自身のかたちを
去ることがなく、なお地平線上で彼の姿を引き延ばし、
なおも天使的でなおも豊富で、
彼の姿の力により力を押しつけてくる。

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

Thursday 17 July 2008

天体に似た原始人9(ウォレス・スティーヴンズ)

そして眩い美点に飾られ、すべての
気前のよい見慣れた火を頭に飾り、
そして見慣れぬ冒険をし、子供たちが好むような
ぶーんという音やぱちぱちじりじり焼ける音を出し、
至高のまじめな襞を身にまとい、
周囲を背後を動きまわるのだ、従者のように
目にはトランペットを鳴らす熾天使の源泉、
耳には快い爆発の源泉、

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

天体に似た原始人8(ウォレス・スティーヴンズ)

それはある高みにおいて飛翔し、
ひとつのvis(力)、ひとつの原理、あるいは
原理をめぐる瞑想となる、
あるいはそれ自身であろうと活動的な
内在的秩序、そこの土着民にとってはすべて
恩恵、やすらぎ、最高のやすらぎであるような自然、
敏捷に感じとられる磁石の筋肉、
ひとりの巨人、地平線上に、きらめいて、

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

天体に似た原始人7(ウォレス・スティーヴンズ)

中心的な詩は全体の詩だ、
全体の構成の詩だ、
青い海と緑の構成、
青い光と緑、これが下位の詩となる、
そして下位の詩たちの奇跡的な多様性は、
ただひとつの全体へと構成されるだけではなく、
全体の、部分の本質的圧縮の、
最後の環をぎゅっと引く円さの詩、

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

Tuesday 15 July 2008

天体に似た原始人6(ウォレス・スティーヴンズ)

そして世界が中心的な詩に、それぞれが
他方の伴侶であり、それはちょうど夏が
毎朝、すべての長い午後、結婚するひとりの妻であり
また夏の伴侶でもあったようだった。彼女の鏡であり彼女の外見、
彼女の唯一の場所であり人物も、分離した
自己たちを糾弾しながら語る彼女の自己も、いずれもひとりなのだ。
本質的な詩が他の詩を生じさせる。その光は
丘の上にある別の光なのではない。

(Wallace Stevens, A Pritimitive Like an Orb)

天体に似た原始人5(ウォレス・スティーヴンズ)

よく慣れた大地と空、そして樹木と
雲、よく慣れた樹木とよく慣れた雲が、
かれらのそれらに対する古い用法を失うまで、
そしてかれら、つまりこれらの人々と、大地と空が、
互いに鋭い情報を、鋭い自由な知識を知らせ合うのだが、
それはそれまでは、そんなすべてを固くむすびつけていたものの
裂け目を隠していたのだ。それはまるで
中心的な詩が世界となったかのようだった、

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

Monday 14 July 2008

天体に似た原始人4(ウォレス・スティーヴンズ)

ひとつの詩がもうひとつの詩と全体を証明する、
証明など求めてはいない透視力のある男たちのために
恋人、信者、そして詩人
かれらの言葉はかれらの欲望から選ばれた
言語のよろこび、それはじつはかれら自身。
これを使ってかれらは中心的な詩をことほぐ、
充足中の充足を、たっぷりとした
最終的な条件によって、しかもそれは
最大で、いっそう多くによってはちきれそうなのだ、

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

天体に似た原始人3(ウォレス・スティーヴンズ)

どんな乳がそんな囚われにはあるのか、
どんな小麦のパンとからす麦のケーキなんかが、
森には緑の客がいてテーブルがあり歌を
心に抱いて、一瞬の動きのうちに、広がった
空間のうちに、こもった雷の
不可避の青が、まるで幻想であったかのように
そして、いつだって感覚が
把握するにはあまりに重すぎたかのように、
もっとも不分明で、遠くあるのは......

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

Sunday 13 July 2008

天体に似た原始人2(ウォレス・スティーヴンズ)

私たちは詩の存在を証明しない。
それは何かもっとつまらない詩の中に見られ知られるもの。
それは巨大な、高らかな諧調で
少しまた少し、突然に
別の感覚を使って響きわたるもの。それはありそれは
なく、ゆえに、ある。この言葉の瞬間に、
アッチェレランドで寛容が動き、
存在を捉え、広くしーーそこにあった。

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

天体に似た原始人1(ウォレス・スティーヴンズ)

事物の中心にある本質的な詩、
霊的なフィドル演奏が作るアリアが、
私たちの生の鋳鉄をむさぼり食った
私たちの仕事の鋳鉄も。けれどもね、みなさん、
それは困難な統覚なのさ、そんな
狡猾な目をしたニンフたちがもってきた貪婪な
善は、この本質的な黄金、
この幸運な発見物、かくも青ざめた空気の中の
かくも華奢な精霊が配列し再配列したそれは。

(Wallace Stevens, A Primitive Like an Orb)

Saturday 12 July 2008

コネティカットにある川の中の川(ウォレス・スティーヴンズ)

スタイジアのこちらに大きな川がある、
最初の黒い瀑布と
樹木らしい知性をもたない樹木のところにやってくる前に。

スタイジアよりずっとこちらにあるその川では、
水の流れそのものが陽気だ、
陽光の中でほとばしり、ほとばしり。その川岸では、

歩く影はいない。川は運命的だ、
最後のあの川のように。だが渡し守はいない。
彼は流れる力にさからって方向を変えることができなかった。

それはそれについて語る外見の下には
見えない。ファーミントンの尖塔が
輝きそびえ立ちハダムがきらめき揺れる。

それは光と空気をもつ第三のありきたりさ、
ひとつのカリキュラム、いきおい、局地的抽象......
それを、いまいちど、ひとつの川と呼べ、名前のない流れだ

空間にみちて、季節を映し、それぞれの
感覚のフォークロアであり、それを呼べ、くりかえし、何度でも、
海のごとくどこにも流れつかないその川を。

(Wallace Stevens, The River of Rivers in Connecticut)

七月の山(ウォレス・スティーヴンズ)

私たちが住むのはさまざまな
つぎはぎ(パッチズ)と調子(ピッチズ)からなるひとつの布陣、
ひとつの世界の中ではないのだ、
ピアノと言葉が音楽において、
上手に語る物事の内ではない、

詩の一ページがいうようにはーー
つねに始まりつつある宇宙に
最終的な思考を保持しない思想家たちだ、
ちょうど私たちが山に登るとき
ヴァーモントがひとつに集結するようには。

(Wallace Stevens, July Mountain)

Tuesday 8 July 2008

「諸国家の分裂」の時に(トマス・ハーディ)

 I
ただ土を耕すひとりの男
 ゆっくりと無言で歩く
その連れはつまずき頷く一頭の老いた馬
 どちらも眠ったようにのっそりと歩く。

II
ただ炎のない薄い煙が
 積んだカモジグサから立ち上る
こればかりはいつまでも変わらず続いてゆく
 王朝がいくつ交替しようとも。

III
むこうからひとりの娘とその男が
 ひそひそ話をしながらやってくる
戦争の年代記は雲に隠れ宵闇に溶けてゆく
 ふたりの物語が死ぬよりも先に。

 1915年

(Thomas Hardy, In Time of "The Breaking of Nations")

Friday 4 July 2008

白い香り(ロルカ)

ああ、ヒアシンスの香りは
なんて冷たいんだろう!
白い糸杉のあいだから
ひとりの乙女がやってくる。
黄金の皿に
切り取った彼女の二つの乳房を載せて。

(二つの道。
彼女の長い長い裾と
銀河。)

死んだ子供たちの
母なのだ
光の虫のごとく
浮かされ震えているのだ。

ああ、なんて冷たいんだろう
ヒアシンスの香りは!

(Federico García Lorca, Olor blanco)

Thursday 3 July 2008

散歩をするアデリーナ(ロルカ)

 海にはオレンジはない、
そしてセビーリャには愛がない。
浅黒い娘よ、なんという明るい炎だ。
きみの日傘を貸してよ。

 それが私の顔を緑色にする
ーーライムとレモンの果汁ーー。
きみのことばーー小魚たちーーが
あたりを泳いでいるよ。

 海にはオレンジはない。
ああ、恋人よ。
セビーリャには愛がない!

(Federico García Lorca, Adelina de paseo)

ヴィーナス(ロルカ)

  こんな風にきみが見えた。

 ベッドという貝殻で
死んでいる若い女、
花も微風も脱がされて
終わりなき光の中に現れる。

 取り残されたのは世界、
綿と影の百合、
ガラス窓から姿を見せた
無限の通過を見つめながら。

 死んだ若い女は、
愛を内側から渡ってゆく。
シーツの泡のあいまに
彼女の髪が見えなくなる。

(Federico García Lorca, Venus)

サンティアゴ市のためのマドリガル(ロルカ)

サンティアゴに雨が降るよ
恋人よ。
空気の白いカメリア
ぼんやりと輝く太陽。

サンティアゴに雨が降る
暗い夜に。
黒い草と夢が
からっぽな月を覆う。

道路の雨をごらん、
石とガラスの悲嘆だ。
哀切な風の中に
きみの海の影と灰を見たまえ。

きみの海の影と灰だ、
サンティアゴは、太陽から遠く。
遠い昔の朝の水が
私の心で震えている。

(Federico García Lorca, Madrigal â cibdá de Santiago)

Monday 30 June 2008

巻貝の殻(ロルカ)

  ナタリータ・ヒメネスに

 貝殻をひとつもらった。

 中で歌っているのは
地図の海。
私の心臓は
影と銀でできた
小さな魚たちで
いっぱいになる。

 貝殻をひとつもらって。

(Federico García Lorca, Caracola)

セビーリャの小唄(ロルカ)

  ソリータ・サリーナスに

 夜が明けた
オレンジ畑で。
黄金のミツバチが
蜜を探していた。

 いったい蜜は
どこにあるんだろう?

 青い花の中だよ、
イサベル。
花の中さ、
あのローズマリーの。

 (黄金の小さな椅子は
モーロ人のために。
真鍮の椅子は
妻のために。)

 夜が明けた
オレンジ畑で。

(Federico García Lorca, Cancioncilla sevillana)

Sunday 29 June 2008

序曲(ロルカ)

 並木道が去ってゆく、
でもその反映を残してゆく。

 並木道が去ってゆく、
でも風を残してゆく。

 風は屍衣をまとっている
空の下、いっぱいに。

 でも川の上に残していった
そのこだまが漂っている。

 蛍たちの世界が
私の思い出に侵入した。

 そしてちっぽけな心臓がひとつ
私の指から発芽する。

(Federico García Lorca, Preludio)


 

最初の欲望の小唄(ロルカ)

 緑の朝、
私は心臓になりたかった。
心臓に。

 熟した午後、
私はナイチンゲールになりたかった。
ナイチンゲールに。

 (魂よ、
オレンジ色になりなさい。
魂よ、
愛の色に。)

 潑溂とした朝、
私は私になりたかった。
心臓。

 失墜の午後、
私は自分の声になりたかった。
ナイチンゲール。

 魂!
オレンジ色になりなさい。
魂よ、
愛の色に!

(Federico García Lorca, Cancioncilla del primer deseo)


 

Saturday 28 June 2008

髪(トマス・ハーディ)

 「空気が湿っていると
私の巻き毛はだらりと垂れたわ
かれらが首筋や背中にキスしても
私があのお気に入りの
 塩の風が吹く小径を歩いているときに。

 「空気が乾いていると
髪はしゃきっとし固く巻いていた
太陽の光の中を私が行くとき
そして私自身は太陽よりも
 潑溂としていた。

 「いま私は老いた。
そして娘のころもっていたような
かわいい巻き毛はもうない
湿気によりほどけたり
 太陽により巻いたりする髪が!」

(Thomas Hardy, The Tresses)

午前四時(トマス・ハーディ)

六月のきょう四時に私は起きる。
夜明けの光が着実に強くなる。
大地は青い神秘で、
まるで天国から遠くないと思える
          午前四時には、

あるいはあの大星雲のそばに、
あるいはプレアデスが瞬きほほえむところに、
(というのも日中の事物のおぞましい笑顔は
私たちは陰険な目で見るのだが
          午前四時には

事物も最高の姿を見せるのだ。)...この谷間では
私がもっとも早く起きたと思う。だが、ちがうな、
口笛か? それとも大鎌が規則的な
息切れのような音を立ててふりまわされているのか、
          午前四時に?

ーーよろこびが掻き立てられたが、私は焦りとともに起き上がった。
やみくもに笞をふりまわし、自分の人生の義務を
無頓着かつ無造作に断固として果たそうと
彼は働いているじゃないか
          午前四時に!

(Thomas Hardy, Four in the Morning)

Wednesday 25 June 2008

薔薇の花環のソネット(ロルカ)

 その花環を! 早く! 私は死んでしまうよ!
早く編んで! 歌って! うめいて! 歌って!
影が私ののどを濁らせる
そしてまた何度も千度でも一月の光がやってくる。

 きみの私に対する愛と私のきみに対する愛のあいだに、
星々の大気と植物の震え、
アネモネの茂みが一年をまるごと
持ち上げる、暗いうめき声を立てながら。

 私の傷の新鮮な風景を楽しんで、
イグサと繊細な水路を開いて、
蜜の腿にこぼれた血を飲んで。

 でも、早く! むすばれ、絡み合い、
愛に割れた口とかみ傷を負った魂をもち
くたくたになった私たちが「時」に見つかるように。

(Federico García Lorca, Soneto de la guirnalda de rosas)
 

Monday 23 June 2008

白いサテュロス(ロルカ)

不滅の水仙の上で
白いサテュロスが眠っていた。

巨大な水晶の角二本で
彼の幅広い額は乙女のように見えた。
打ち負かされた龍のような太陽が
彼の巨大な乙女の手を舐めていた。

愛の川に浮かんで
死んだ妖精たちがたくさん流れていった。
サテュロスの心臓は風の中で
老いた嵐にさらされていた。

地面に置かれたパンの笛は泉
それは七つの青ガラスの管でできている。

(Federico García LOrca, El sátiro blanco)

大通り(ロルカ)

白い理論たちが
眼帯をつけたまま
森で踊っていた。

白鳥のようにゆっくり
夾竹桃のように苦く。

かれらは通った
人の目には見えぬまま、
ちょうど夜
川たちが人知れず通過するように、
沈黙の中を
新しい独自の噂が通るように。

理論のひとりは彼女の古代風の白衣に
灰色のまなざしを隠している
だがそれは瀕死のまなざし。
     他の誰かは
長い枝をゆらす
混乱した言葉の枝を。
彼女らは生きていないが生き生きとしている。
エクスタシーの森を抜けてゆくのだ。
夢遊病者たちの群れ!
(白鳥のようにゆっくり
夾竹桃のように苦く。)

乙女たちが残してゆくのは
まなざしを欠いた心の香り。
空気はそれに無関心のままだ
百の花弁をもつ白いカメリアのように。

(Federico García Lorca, Avenida)

Sunday 22 June 2008

庭(ロルカ)

それは生まれたことなんかなかった、けっして!
けれども湧き出すことができた。

一秒ごとに
深まり、新しくなった。

一秒ごとに
新しい小径が開かれて。

こっちだ! あっちだ!
私の体は分裂して進む。

村々を横切るのか
海でねむるのか。

すべては開かれているよ! 錠前には
すべて鍵がある。
けれども太陽と月は
私たちを失い、まどわす。
そして私たちの足下では
道がこんがらがる。

ここで私は見つめる
私がそうでありえたすべてを。
神とか乞食とか
水とか古いヒナギクとか。

私のたくさんの
軽く染められた小径は
私の身体のまわりで
巨大な薔薇を作る。

不可能な地図のように、
可能なるものの庭がある。
一秒ごとに
深まり、新しくなるのだ。

それは生まれたことなんかなかった、けっして!
けれども湧き出すことができた。

(Federico García Lorca, El jardín)

水を浴びてみずからを賞讃する老人たち(W・B・イェイツ)

私は聞いた、ひどく老いた男たちがいうのを、
「すべては変化する、
そしてひとりまたひとりと我々は滴り落ちて去る」
かれらは鉤爪のような両手をし、膝は
水辺の古いイバラのように
ねじれていた。
私は聞いた、ひどく老いた男たちがいうのを、
「すべての美しいものは流れ去ってゆくよ
水のごとく。」

(W.B.Yeats, The Old Men Admiring Themselves in the Water)

七つの森で(W・B・イェイツ)

私は七つの森の鳩たちを聞いた
かれらの弱々しい雷鳴を、そして庭の蜂たちが
ライムの花の中で羽音のうなりを上げ、心を
空っぽにする古くて苦い思いの無益な
叫びを忘れさせてくれるのを。私はしばらくの間
故国を追われたタラを忘れ、王位についた
新たな民衆が街路で叫び
柱から柱へと紙の花をかけているのを忘れた、
あらゆる事物のうちでよろこんでいるのはかれらだけ。
私はこれに甘んじているのだ、なぜならあの「しずかな人」
が笑いながらさまよい、彼女の野生の心臓を
鳩や蜂に囲まれつつ食っているのを知っているから。
そして自分が射る番を待つばかりの「偉大な弓使い」が
いまなおペアクナリーの上に
曇った震えを架けているから。

(W.B. Yeats, In the Seven Woods)

彼は天の布を願っている(W・B・イェイツ)

もしおれが天の刺繍のある布をもっていたなら、
金銀の光で作られたやつさ、
夜と光とうすやみの
青と薄暮と黒でできた布だ、
おれはその布をきみの足元にひろげるよ。
だがおれという貧乏人には夢想しかないのだ。
おれは数々の夢ばかりをきみの足元にひろげた。
そっと踏んでくれよ、きみが踏むのはおれの夢なのだから。

(W.B.Yeats, He wishes for the Cloths of Heaven)

恋人が死んでいればよかったのにと彼は願っている(W・B・イェイツ)

きみが死んで冷たく横たわっていてくれたなら、
そして光がいくつも西の空に弱く灯りゆき
きみがここに来て、すっかりうなだれ、
ぼくはきみの乳房に頭を寝かせて。
きみはやさしい言葉をつぶやくのだ、
ぼくを赦して、なぜならきみは死んでいるから。
きみは立ち上りさっさと立ち去ることもしない、
野鳥の意志をもつきみではあるが、
だがきみ自身の髪が星々と
月と太陽にむすばれ絡みついていることは忘れない。
おお、もしきみが、恋人よ
地表の雑草の下に横たわっていてくれたなら、
星々の光が弱く、ひとつまたひとつと灯るとき。

(W.B.Yeats, He wishes his Beloved were Dead)

Saturday 21 June 2008

(コン、コン)(ロルカ)

コン、コン。
誰?
秋です、また来ましたよ。
私から何を?
きみのこめかみの冷たさ。
おまえにはやらないよ。
だったら取り上げますよ。
コン、コン。
誰?
秋です、また来ましたよ。

(Federico García Lorca, *)

オメガ(死者たちのための詩)(ロルカ)

草。

私は右手を切り落としてしまおう。
待ってて下さい。

草。

私の手袋の一つは水銀、もう一つは絹。
待っててください。

草!

彫像たちはすべて倒れた
大いなる扉が開くとき。

草ぁぁぁ!

(Federico García Lorca, Omega: Poema para muertos)

Thursday 19 June 2008

ルシア・マルティネス(ロルカ)

 ルシア・マルティネス。
赤い絹をまとい影みたいに。

 きみの太腿は夕方とおなじく
光から陰にむかう。
隠された黒炭が
きみのマグノリアを暗くする。

 私は来たよ、ルシア・マルティネス。
来たのはきみの唇をむさぼるため
そして貝殻の夜明けに
きみの髪をつかんで引きずりまわすため。

 なぜならきみを欲望し、またそうすることができるから。
赤い絹をまとった影みたいなきみを。

(Federico García Lorca, Lucía Martínez)

食堂でのどっきり(ロルカ)

 きみは薔薇色だった。
レモン色を帯びるようになった。

 きみを脅かすようにさえ見える私の手に
きみはどんな意図を見たのでしょう?

 私は緑のりんごが欲しかった。
薔薇色になったりんごではなく......。

レモン色を帯びたのでもなく......。

(午後に眠る鶴が、
片方の足を地面に下ろした。)

(Federico García Lorca, Susto en el comedor)

別れのことば(ロルカ)

 私が死ぬとき、
バルコニーは開けたままにして。

 少年がオレンジを食べている。
(私のバルコニーから彼が見える。)

 刈り手が小麦を刈っている。
(私のバルコニーからそれが感じられる。)

 私が死ぬとき、
バルコニーは開けたままにして!

(Federico García Lorca, Despedida)

婚約(ロルカ)

 その指輪は
水に捨てなさい。

 (影がその指を
私の肩に押しつけている。)

 その指輪は捨てなさい。私は
百歳を超えている。しずかに!
 何も聞かないで!

 その指輪を
水に捨てなさい。

(Federico García Lorca, Desposorio)

Monday 16 June 2008

「私はブラックバードを見ていた」(トマス・ハーディ)

私は芽吹くシカモアに止まる一羽のブラックバードを見ていた
ある年の復活祭の日、樹液が小枝を芯まで目覚めさせる時期。
 私は彼の舌と、クロッカス色のくちばしを見た
 彼がさえずるにつれて開いたり閉じたりするのを。
 それから彼は飛び降りて、干し草の一本をつかみ、
ついで彼自身の建築が進行中のところまで上がって行った、
これほど確実な巣が小枝の上に作られたことなどなかったというように。

(Thomas Hardy, "I Watched a Blackbird")

Tuesday 10 June 2008

不快と夜(ロルカ)

 蜂食い鳥。
きみの暗い木の中に。
どもる空と
口ごもる空気の夜。

 三人の酔っ払いが
酒と喪の仕草を永遠化する。
鉛の星が
片足で回っている。
        蜂食い鳥。
きみの暗い木の中に。

 分の花環によって
抑圧されたこめかみの痛み。
それで、きみの沈黙は? 三人の
酔っ払いが裸で歌っている。
生(き)の絹の返し縫い
きみの歌。
    蜂食い鳥。
ウコ、ウコ、ウコ、ウコ。
           蜂食い鳥。

(Federico García Lorca, Malestar y noche)

Monday 9 June 2008

展望(ロルカ)

私の目の中で
難解きわまりない歌が開く
けっして開花することのない
種子の歌。

誰もが非現実の
しかし明瞭な終わりを夢見ている。
(小麦は巨大な
黄色い花を夢見ている。)

誰もが影の
奇妙な冒険を夢見ている。
近づきえない果実と
飼いならされた風。

誰もお互いを知らない。
盲目で、脱線して。
永遠に閉じこめられたままの
香りが人々を苦しめる。

種のひとつひとつが
系統樹を考えている
その新芽や房により
空のすべてをおおう樹木を。

空中には信じがたい植生が
どこまでも広がっている。
黒く大きな枝と
灰の色をした薔薇。

花々や枝により
ほとんど溺れかけた月が
銀の蛸のように
その光線で身を守っている。

私の目の中で
難解きわまりない歌が開く
けっして開花することのない
種子の歌。

(Federico García Lorca, Perspectiva)

Saturday 7 June 2008

四阿(ロルカ)

不動の噴水の上で
死んだ大きな鳥が眠っている。

恋人ふたりが口づけをかわす
夢の冷たい結晶のあいだで。

「指輪、指輪をちょうだい!」
「自分の指がどこにあるのかわからない」
「抱いてくれないの?」
「腕は冷たい十字に組んだまま
ベッドに置いてきた」

葉叢のあいまを這ってゆくのは
老いた月の光

(Federico García Lorca, Glorieta)

Friday 6 June 2008

フアン・ラモン・ヒメネス(ロルカ)

 無限の白の中、
雪、カンショウ、塩の平原で、
彼は自分の幻想を見失った。

 白という色が行く、
鳩の羽の
無言の絨毯の上を。

 目を欠き身振りもなく
じっとして彼は夢に苦しんでいる。
でも内部は震えているのだ。

 無限の白の中、
なんという純粋で大きな傷口を
彼の幻想は残していったことか!

 無限の白の中。
雪。カンショウ。塩の平原。

(Federico García Lorca, Juan Ramón Jiménez)

Thursday 5 June 2008

ヨーロッパにおける中国の歌(ロルカ)

 私の名付け子であるイサベル・クララに

 扇をもった
セニョリータが、
冷たい川の
橋にむかう。

 フロックコートを着た
男たちが、
手すりのない橋を
見つめている。

 扇をもち
フリルをつけた
セニョリータが、
夫を探している。

 男たちは
みんな結婚している、
白い言葉を話す
背の高い金髪の女たちと。

 西のほうでは
コオロギが歌っている。

 (セニョリータは
緑の中を歩いている。)

 花の下で
コオロギが歌っている。

 (男たちは
北にむかって行く。)

(Federico García Lorca, Canción china en Europa)


 

Wednesday 4 June 2008

自殺(ロルカ)

 (たぶんそれはきみが
 幾何学をちゃんと知らなかったから)

 若者は自分を忘れた。
朝の十時だった。

 彼の心臓はあふれていった
折れた翼とぼろ切れの花で。

 もはや口にはほんの一語しか、
残っていないことに気づいた。

 そして手袋をはずすと、
彼の両手からはなめらかな灰が落ちた。

 バルコニーからは塔がひとつ見えた。
彼は自分がバルコニーであり塔だと感じた。

 まちがいなく彼は見たはずだ、木箱の中に
閉じこめられた時計がどんなふうに彼を見つめているかを。

 はりつめしずかな彼の影を、
白い絹張りの長椅子に見たはず。

 それから緊張した、幾何学的な若者は、
斧で鏡を叩き割った。

 それを割るとき、影は盛大に噴き出し、
幻想の寝室を水びたしにした。

(Federico García Lorca, Suicidio)

枯れたオレンジの木の歌(ロルカ)

 カルメン・モラレスに

 木こりよ。
私の影を伐って。
果実をつけない自分を見ることの
苦しみから解放して。

 なぜ私は鏡に囲まれて生まれたのだろう?
日は私のまわりをめぐる。
そして夜は私を写しとる
彼女のすべての星をもって。

 私は自分を見ることなく生きたい。
すると蟻やタンポポの冠毛のことを
私は自分の葉であり小鳥であると
夢見ていられるのに。

 木こりよ。
私の影を伐って。
果実をつけない自分を見ることの
苦しみから解放して。

(Federico García Lorca, Canción del naranjo seco)

Tuesday 3 June 2008

回廊(ロルカ)

男の子。ぼくはね、グリフォン鳥の
羽根を探しに行く。
こびと。ぼうや、そんな計画なら
手伝ってあげるわけにはいかないよ。
ーー民謡から

 タン、タン

風は死んだ。
動かなくなり、しわくちゃになった。

松の木が土に横たわっている。
その影は立ち上り、震えている!

 ぼくーきみー彼
(ひとつの平面上に)

 タン、タン

(Federico García Lorca, Pórtico)

月たちの遊び(ロルカ)

月はまんまる。
そのまわりに、鏡の
水車。
そのまわりに、水の
水車。
月は薄く剥がれる
白金のパンのように。
月は
はらはらと葉を落とし
たくさんの月になる。
泉の群れが
空を飛ぶ。
それぞれの泉に
死んだ月が落ちている。
月は
澄んだ奔流の中で
光の杖となる。
月は、
割れた大きなガラス窓のように、
海に落ちる。
月が
無限の屏風を
通過する。
でも「月」は? でも「月」は?

(空では、
残されているのは
小さな結晶たちが作る車輪だけ。)

(Federico García Lorca, Juego de lunas)

Saturday 31 May 2008

ヴェルレーヌ(ロルカ)

 けっして話さないけれど
その歌が、
ぼくの舌先で眠ってしまったんだ。
歌が、
けっして話すつもりのない歌が。

 スイカズラの上には
一匹の蛍がいて、
月は水を照らしつつ
ちくちくと光った。

 そのときぼくは夢見た、
その歌、
けっして話すつもりのない歌を。

 遠い河床から流れてくる
唇にみちた歌。

 影に失われた
時間でいっぱいの歌。

 生きた星の歌
いつまでも続く昼間の上の。

(Federico García Lorca, Verlaine)

花(ロルカ)

 コリン・ハックフォースに

 雨のすばらしい
柳が、降っていた。

 ああ、白い枝の上の
まんまるな月!

(Federico García Lorca, Flor)

月が上る(ロルカ)

 月が出ると
鐘はすべて消え
通ることのできない小径が
姿を現す。

 月が出ると、
海は土地を覆い
心は無限の海で
島のような気分になる。

 誰もオレンジを食わない
満月の下では。
果物ってやつは
緑の、冷たいのを食わなくちゃいけない。

 百のおなじ顔をした
月が上るとき、
銀貨は
ポケットの中で泣きじゃくる。

(Federico García Lorca, La luna asoma)

ソネット(ロルカ)

 知っているよ 私の横顔がしずかなものであることを
反映なき空の北で、
眠ることのない水銀、純潔の鏡
そこで私のスタイルの脈拍が壊れる。

 もしもツタと糸の冷たさが
私が残してきた体の基準であるなら、
砂に映る私の横顔は 鰐の
顔を赤らめることのない古き沈黙。

 そして私の凍えた鳩の舌は
炎を味わうことなんてけっしてなく、
味わうのはただエニシダの無人の味だけ、

 私は抑圧された規範の自由な徴と
なろう、硬直した枝の首で
あるいは痛むダリアの無限の中で。

(Federico García Lorca, Soneto)

Tuesday 27 May 2008

奇想曲(ロルカ)

 トリス!...
目を閉じた
かい?
 トリイス!...
もっとだって? きみは
微風みたいな娘だね。
おれは男だ。
 トラス!...
もう行くのかい、恋人よ、
それで、きみの目は?
 トラアス!...
きみが両目を閉ざすなら、ここに二本の羽がある。
聞いてるかい? おれの本物の
孔雀から見つめている二本の羽だ。
 トリス!...
聞こえたかい?
 トラアス!...

(Federico García Lorca, Capricho)

Monday 26 May 2008

ルビーの円盤(ロルカ)

狂ったみたいにくるくる
まわっては震える。
何も知らず
でもすべてを知っているのか?
たくさんの矢がすべて
この円い心臓を狙う!

すべての瞳が
この円い
心臓を見つめる。
この神秘と
私たちのあいだには
血まみれのレンズ!

(Federico García Lorca, Disco de rubiés)

Sunday 25 May 2008

ひまわり(ロルカ)

もし私がひとりのキュクロプスに恋したなら
あのまぶたのない
まなざしの下で
溜め息をつくでしょう。
ああ、火のひまわり!
群衆は彼を見る
動揺することもなく。
たくさんのアベルたちの
群れをまえにした
神の目!

ひまわりひまわり!
皮肉な目配せなんかとは無縁な
野生の純粋な目!

ひまわりひまわり。
お祭りに集まった群衆の上の
熱い聖痕!

(Federico García Lorca, Girasol)

中国庭園(ロルカ)

赤い染料とマグネシウムの
小さな林で
小さな火花のプリンセスたちが
飛び跳ねている。

桜の木のジグザグの上に
オレンジの雨が降り
コンマのあいだでは訓練された
青い小さな龍たちが飛んでいる。

私の少女よ、この小さな庭は
きみの爪を鏡として
はじめて見えるもの。
きみの歯の屏風に
映るもの。
小さなねずみみたいなやつなのさ。

(Federico García Lorca, Jardín chino)

Saturday 24 May 2008

ロケット花火(ロルカ)

六本の火の槍が
上がる。
(夜はひとつのギター。)
六匹の猛烈に怒った蛇たち。
(聖ホルヘが空をかけてくる。)
六度吹きつける黄金と風。
(夜のガラス瓶は
大きくふくらむ?)

(Federico García Lorca, Cohetes)

カタリーナ車輪(ねずみ花火)(ロルカ)

ドーニャ・カタリーナ
金色の髪が一本だけあった
暗い色の
髪の中に。

(私は誰を待っているの、
神さま、
誰を待っているの?)

ドーニャ・カタリーナ
ゆっくり歩く
緑色の小さな星を
夜に撒きながら。

(ここでもなく
あそこでもなく、
やっぱりここ。)

ドーニャ・カタリーナ
亡くなるときには
額に真紅の
光が生まれる。

チュルルッッッッッッッッ!

(Federico García Lorca, Rueda Catalina)

Friday 23 May 2008

マドリガル(牧歌)II(ロルカ)

きみのいくつもの
同心円に
私は捕えられている。
土星のように
私は
夢の指輪を
いくつもつけている。
そして沈みきることもなければ
高みに上ることもない。

(Federico García Lorca, Madrigales II)

マドリガル(牧歌)I(ロルカ)

水の上の
同心円状の波のように、
私の心に
きみの言葉がひろがる。

風にぶつかる
一羽の小鳥のように、
私の唇に
きみのくちづけが。

夕暮れをまえにして
開いた泉のように、
私の黒い瞳は
きみの肉に釘付け。

(Federico García Lorca, Madrigales I)

Thursday 22 May 2008

「三つの黄昏」より(ロルカ)

さらば、太陽!

きみが月だということはよく知っているさ、
でもおれは
そんなことは誰にもいわないよ、
太陽。
きみはカーテンの
うしろに隠れ
米の粉のおしろいで
顔を塗る。
昼には
農夫のギターが、
夜には
ピエロのマンドリンが。
それが何だっていうんだ!
きみの夢は
多彩な
庭を作ること。
さらば、太陽!
きみを愛する者を忘れないで
かたつむりと、
バルコニーの
小さな老婆、
そしておれだ...
独楽遊びをしているこのおれ...
おれ自身の心で。

(Federico García Lorca, de "Tres crepúsculos")

ソリタリオ(ひとり遊び)(ロルカ)

黄金の
ピアニッシモの上で...
おれの孤独な
ポプラ。

調和のとれた
一羽の小鳥もいない。

黄金の
ピアニッシモの上で...

川はその足元で
きまじめに深く流れる
黄金の
ピアニッシモの下で...

そしておれは夕べを
両肩にかついでいる
狼にやられて
死んだ子羊のように
黄金の
ピアニッシモの下で。

(Federico García Lorca, Solitario)

Monday 19 May 2008

突風(ロルカ)

私の娘が通った。
なんと美しく行くことか!
モスリンの小さな
服を着て。
蝶を一頭
まとわりつかせながら。

彼女を追うんだ、若者よ、
その上の小径を!
そしてあの子が泣いたり
考えこんだりしているのを見かけたら、
あの子の心を金銀の粉で塗って
いってやれ
泣いてばかりいると
ひとりぼっちになるよと。

(Federico García Lorca, Ráfaga)

別れ(ロルカ)

私は別れを告げよう
十字路で
私の魂の
道へと入ってゆくために。

回想と悪い時を
目覚めさせ
私の白い歌の
小さな菜園に到るだろう
そして震えはじめることだろう
朝の星のように。

(Federico García Lorca, Despedida)

Friday 16 May 2008

カーヴ(ロルカ)

おれは子供時代に戻りたい
そして子供時代から影に。

 行くのかい、夜鳴き鶯よ!
 行きなさい。

おれは影に戻りたい
そして影から花に。

 行くのかい、香りよ?
 行きなさい。

おれは花へと戻りたい
そして花から
おれの心に。

 行くのかい、愛?
 さらば!

(おれの無人の心に!)

(Federico García Lorca, Recodo)

にむかって(ロルカ)

  帰れよ、
  心!
  帰りなさい。

愛の密林に
きみは人影を見ない。
澄み切った泉が見つかるだろう。
緑の中に
永遠の
大きな薔薇が見つかるだろう。

そしてきみはいう。愛、愛!
でもきみの傷口は
ふさがらない。

  帰れよ、
  心、
  帰りなさい。

(Federico García Lorca, Hacia...)

流れる(ロルカ)

歩く者は
濁る。

流れる水は
星を見ない。

歩く者は
みずからを忘れる。

そして立ち止まる者は
夢を見る。

(Federico García Lorca, Corriente)

Tuesday 13 May 2008

帰還 (ロルカ)

 私は翼を求めて
 帰ってくる。

帰らせてくれよ!
おれは夜明けに死にたい!

おれは昨日
死にたい!

 私は翼を求めて
 帰ってくる。

戻らせてくれよ!

おれは泉において
死にたい。

おれは海の
外で死にたいんだ。

(Federico García Lorca, El regreso)

四つの黄色いバラード(4)(ロルカ)

ヒナギクでできた空
の上を私は行く。

この午後私は想像する
自分は聖人だと。
私の両手に
月がゆだねられたのだと。
私は月をもういちど
空間に戻してやった、
すると主は私に
薔薇と後光をごほうびにくれた。

ヒナギクでできた空
の上を私は行く。

そしていま私は
この野原を行く。
娘たちを
悪い伊達者どもから解放し
すべての少年に
金貨をやるために。

ヒナギクでできた空
の上を私は行く。

(Federico García Lorca, Cuatro baladas amarillas IV)

Saturday 10 May 2008

四つの黄色いバラード(3)(ロルカ)

 黄金の畑に
 赤い牡牛が二頭。

牡牛たちは古い
鐘のリズムと
小鳥の眼をもっている。
霧の朝むきだが、それでも
夏の空気のオレンジを
つらぬいてゆくのだ。
生まれたときから老いていて、
主人などいない。
そして脇腹に生えた
翼を思い出している。
牡牛たちは
いつもルートの畑を
ためいきをつきながら行く
浅瀬を探しながら、
あの永遠の浅瀬を、
星明かりに酔って
すすり泣きを食みつつ。

 黄金の畑に
 牡牛が二頭。

(Federico García Lorca, Cuatro baladas amarillas III)

Friday 9 May 2008

四つの黄色いバラード(2)(ロルカ)

大地は
黄色かった。

 つかまえてごらん(オリージョ、オリージョ)、
 羊飼い小僧(パストルシージョ)。

白い月も
星も光らなかった。

 つかまえてごらん(オリージョ、オリージョ)、
 羊飼い小僧(パストルシージョ)。

浅黒い葡萄つみ女が
つるを切って泣かせている。

 つかまえてごらん(オリージョ、オリージョ)、
 羊飼い小僧(パストルシージョ)。

(Federico García Lorca, Cuatro baladas amarillas II)

Thursday 8 May 2008

四つの黄色いバラード(1) (ロルカ)

あの山の上に
小さな一本の緑の木がある。

 行く羊飼いよ、
 やってくる羊飼いよ。

眠たそうなオリーヴの老木たちが
暑い平野を下ってゆく。

 行く羊飼いよ、
 やってくる羊飼いよ。

白い雌羊たちも犬ももたず、
杖もなく愛ももたず。

 行く羊飼いよ。

まるで黄金の影のように
きみは小麦畑に溶けてゆく。

 やってくる羊飼いよ。

(Federico García Lorca, Cuatro baladas amarillas I)

Wednesday 7 May 2008

半月(ロルカ)

月が水をゆく。
しずかな空はどんなようす?
ゆっくりと川の
老いた震えをたどってゆく
一方、若い蛙は
月を小さな鏡だと思いました。

   (マルガリータ、私はだれ?)

(Federico García Lorca, Media Luna)

Tuesday 6 May 2008

続けて(ロルカ)

ひとつひとつの歌は
愛の
淀み。

ひとつひとつの明星は
時の
淀み。
時の
結び目。

そしてひとつひとつの溜め息は
叫びの
淀み。

(Federico García Lorca, Sigue)

Monday 5 May 2008

ひどいさびしさ(ロルカ)

海に
自分を映してみることはできない。
きみの視線は
光の茎のように折れてしまう。
地球の夜。

(Federico García Lorca, La gran tristeza)

Sunday 4 May 2008

ロルカ3編

  彗星

シリウスには
子供たちがいます。

(Cometa)


  金星

開け、ごま
昼の。
閉じよ、ごま
夜の。

(Venus)


  下のほうでは

星がちりばめられた空間が
音に映っている。
幽霊じみた蔓。
迷宮のような竪琴。

(Abajo)

Saturday 3 May 2008

救貧院(ロルカ)

そして貧しい星たち、
光ももたない星たちは、

なんという痛み、
なんという痛み、
苦しみ!

見捨てられているよ
どんよりした青の下に。

なんという痛み、
なんという痛み、
苦しみ!

(Federico García Lorca, Hospicio)

Friday 2 May 2008

思い出(ロルカ)

ドーニャ・ルーナ(月奥さん)はまだ出ていない。
ルーレット遊びをしているんだ
みずから道化役を買って出て。
月に感化された(頭のおかしい)お月さま。

(Federico García Lorca, Recuerdo)

Thursday 1 May 2008

母(ロルカ)

大熊が
あおむけにねころんで
星たちにお乳をあげています。
がるがる
がるがる。
子供の星たち、逃げなさい
幼い星の子たち!

(Federico García Lorca, Madre)

Wednesday 30 April 2008

ひとつ(ロルカ)

あのロマンティックな星
(マグノリアの花を思って、
薔薇の花を思って。)
あのロマンティックな星は
発狂しました。

ばらりん、
ばららん。

(歌いなさい、小さな蛙、
草陰の
きみの小屋で。)

(Federico García Lorca, Una)

Tuesday 29 April 2008

天の川(ロルカ)

サンティアゴへの街道。
(ああ、私の愛の夜、
私は雌の小鳥で、塗られていた
塗られていた
塗られていた
レモンの花に。)

(Federico García Lorca, Franja)

Monday 28 April 2008

明星(ロルカ)

しずかな明星がひとつ、
まぶたのない明星だ。
「どこに?」
「明星だよ...」
溜め池の
眠る水の中に。

(Federico García Lorca, Un lucero)

Sunday 27 April 2008

すべて(ロルカ)

微風の手が
空間の顔を撫でる
いちど
そしてもういちど。

星々が青い
まぶたを半ば閉ざす
いちど
そしてもういちど。

(Federico García Lorca, Total)

Saturday 26 April 2008

空の片隅(ロルカ)

老いた
星が
濁った目を閉ざす。

新しい
星は
影を
青く染めたがっている。

(山の松林には
蛍たち。)

(Federico García Lorca, Rincón del cielo)

Friday 25 April 2008

プレリュード(ロルカ)

去勢牛が
両目を閉じる
ゆっくりと...
(家畜小屋の暑さ。)

これが夜への
プレリュード。

(Federico García Lorca, Preludio)

Thursday 24 April 2008

スケッチ(ロルカ)

あの道、
人はいない。
あの道。

あのコオロギ、
家がない。
あのコオロギ。

そしてこの羊を呼ぶ鈴、
眠りにつく。
この鈴。

(Federico García Lorca, Rasgos)

Wednesday 23 April 2008

淀み(ロルカ)

フクロウが
瞑想をやめて、
眼鏡を拭き
ためいきをつく。
一匹の蛍が
山を転げ落ち
ひとつの星が
少しだけ動く。
フクロウは翼をばたばたし
また瞑想をつづける。

(Federico García Lorca, Remanso)

Tuesday 22 April 2008

混乱(ロルカ)

私の心は
きみの心なのか?
私の考えを映しているのは誰?
この根を欠いた
情熱を私に貸し与えるのは誰?
なぜ私の衣服は
色を変えるのか?
すべては十字路にある!
なぜその泥の中に
あれほどの星を見るのか?
兄弟よ、きみはきみなのか
私が私なのか?
そしてこのひどく冷たい両手は
彼のものなのか?
私には日没にたたずむ自分が見える、
そして蟻の巣のようにうじゃうじゃいる人々が
私の心を歩んでゆく。

(Federico García Lorca, Confusión)

大気(ロルカ)

大気は
いくつもの虹をはらみつつ
その鏡を割る
木立の上で。

(Federico García Lorca, Aire)

Monday 21 April 2008

眠る鏡のための子守唄(ロルカ)

 ねむれ。
さまようまなざしを
恐がらずに
 ねむりなさい。

蝶も
言葉も
鍵穴からこっそり
さしこむ光も
きみを傷つけることはない。
おねむり。

私の心臓とおなじく
きみのことも。
私の鏡よ。
愛が私を待つ庭よ。

何も気にせずにおねむり、
でもちゃんと起きるんだよ
私の唇の最後の口づけが
死んでゆくそのときには。

(Federico García Lorca, Berceuse al espejo dormido)

Sunday 20 April 2008

開闢(イニティウム) (ロルカ)

アダムとイヴ。
蛇が
鏡を
千のかけらに割った、
林檎が
そのための小石だった。

(Federico García Lorca, Initium)

Saturday 19 April 2008

両目(ロルカ)

両目に開くのは
無限の道。
両目は影の
二つの十字路。
死はいつもこんな
隠れた野原からやってくる。
(涙の花々を
手折る女庭師。)
瞳は地平線を
もたない。
私たちは原生林でのように
瞳の中で道に迷う。
行けば戻ることのできない
城にむかって
虹彩の中ではじまる
道をゆくのだ。
愛なき少年よ、
神がおまえを赤いツタから解放してくれますように!
そしてきみ、ネクタイに
刺繍をするエレニータ、
きみはあの旅人に気をつけるんだよ!

(Federico García Lorca, Los ojos)

Friday 18 April 2008

シント(神道)(ロルカ)

黄金の小さな鐘たち。
龍のパゴダ。
チリンチリン
稲田の上で。

素朴な泉。
真実の泉。

遠くでは、
薔薇色の鷺
そして萎れてしまった火山。

(Federico García Lorca, Sinto)

奇想曲(ロルカ)

それぞれの鏡の裏には
死んだ一個の星と
眠っている子供の虹がいる。

それぞれの鏡の裏には
永遠の静寂と
まだ飛んだことのない
沈黙たちの巣がある。

鏡は泉のミイラ、
夜になれば
光の貝のように
閉じてしまう。

鏡は
露の母、
たそがれを解剖する書物、
肉となった山びこ。

(Federico García Lorca, Capricho)

Wednesday 16 April 2008

ロマンスの言い換え(ウォレス・スティーヴンズ)

夜は夜の歌について何も知らない。
それはただそれ自身、私が私であるように。
そしてこれを知覚することにおいて私は私自身をもっともよく知覚する。

そしてきみを。ただ私たち二人だけが交換できる
互いに相手の中にある互いに与えられるものを。
ただ私たち二人だけがひとつなのだ、きみと夜ではなく、

夜と私でもなく、きみと私、孤独に
あまりにも孤独に、あまりにも深く二人きりで、
それはちょっとした孤独などはるかに越えているので、

夜はもはや私たちの背景でしかなく、
私たちは互いに独立した自己のそれぞれにひどく忠実だ、
互いに相手に投げつける青白い光の中で。

(Wallace Stevens, Re-statement of Romance)

Tuesday 15 April 2008

ドビュッシー(ロルカ)

 私の影がしずかにゆく
用水路の水の上を。

 私の影のせいで蛙たちは
星々を奪われている。

 影は私の体にむかって
しずかな事物の反映を送る。

 私の影は巨大な
紫色の蚊のように飛ぶ。

 百匹のコオロギが葦原の
光を黄金に塗りたがっている。

 ひとつの光が私の胸で生まれる。
あの用水路で反映して。

(Federico García Lorca, Debussy)

Monday 14 April 2008

町の嵐(思い出1893年) (トマス・ハーディ)

彼女は新しいテラ・コッタ色のドレスを着ていた、
私たちはそのまま、打ちつける嵐のせいで
ハンサム(二人乗り馬車)の乾いた席で待っていた、
馬が動こうとしなかったので。そう、不動のまま
 私たちはすわっていた、気持ちよく、暖かく。

やがてどしゃ降りがやみ、私は鋭いさびしさの痛みを感じた
するとさっきまで私たちのかたちを映していたガラスが
はねあげられ、彼女は飛び出し扉に急いだ。
私は彼女に口づけしていたにちがいないのだ、もしも
 雨があと一分間だけつづいていたならば。

(Thomas Hardy, A Thunderstorm in Town: (A Reminiscence 1893))

Sunday 13 April 2008

散歩(トマス・ハーディ)

きみはこのごろは一緒に歩いてくれなかったね
あの門の先の道を
 丘の上の木まで。
 むかしみたいには。
 きみは弱り足もきかないので、
 とても一緒には来られなかった、
それでおれはひとりで歩いたが、気にもしなかったのさ、
きみを置いてきたつもりなんてまるでなかったので。

きょうもおれはあそこまで歩いてみた
いつもやっていた通りさ。
 あたりを見渡した
 よく知っている土地を
 またきょうもひとりで。
 だったら違いは何だ?
ただあの隠された感覚だけ、あそこから
戻ったとき、はたして部屋はどんな風に見えることか。

Saturday 12 April 2008

大地(ロルカ)

私たちはゆく
水銀を塗っていない
鏡の下を、
雲のない
水晶の下を。
もし百合たちが
裏返しに花咲くなら、
もし薔薇たちが
裏返しに花咲くなら、
もしすべての根が
星々を見つめ
死者がその目を
閉じないなら、
私たちは白鳥に似るだろう。

(Federico García Lorca, Tierra)

Friday 11 April 2008

レプリカ(ロルカ)

とてもさびしい一羽の鳥が
歌う。
空気が増殖する。
私たちは鏡ごしに聴く。

(Federico García Lorca, Réplica)

光線(ロルカ)

すべては扇。
兄弟よ、両腕をひろげて。
神とは扇の要。

(Federico García Lorca, Rayos)

Thursday 10 April 2008

反映(ロルカ)

お月さま、奥さま。
(水銀が割れてしまったの?)
いいえ。
どこかの男の子が
提灯を燃やしてしまったの?
たった一頭の蝶だって
あなたを消すには十分。
お黙り... だって本当なんです!
あそこにいる蛍は
月なんですよ。

(Federico García Lorca, Reflejo)

Wednesday 9 April 2008

小さな古いテーブル(トマス・ハーディ)

きしめ、小さな木のテーブルよ、きしめ、
私がきみに肘や膝でふれるとき。
きみはそんな風にして私に語る
きみを私にくれたあの人について!

きみを、小さなテーブルよ、連れてきたのは彼女ーー
彼女自身の手で運んできたのだ、
私のことをある考えをもって見るのだが
その考えは私には理解できなかった。

ーー誰であれやがてそれを所有し、
その音を聞く人は、けっして知ることはないだろう
このはるかむかしのきしみに
どんな歴史が秘められているかを。

(Thomas Hardy, The Little Old Table)

Tuesday 8 April 2008

大きな鏡 (ロルカ)

私たちは
大きな鏡の下で生きている。
人間は青い!
ホサンナ!*


*神を讃えることば

(Federico García Lorca, El gran espejo)

象徴 (ロルカ)

キリストは
両手にひとつずつ
鏡をもっていた。
自分自身の幽霊を
増殖させた。
彼の心臓を
黒いまなざしのうちに
投影した。
信じます!

(Federico García Lorca, Símbolo)

Monday 7 April 2008

ピータ(竜舌蘭) (フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

化石となった蛸。

きみは灰色の腹帯を
山々の腹に巻き
恐るべき臼歯を
山間の細道に置く。

化石となった蛸。

(Federico García Lorca, Pita)

Sunday 6 April 2008

雲 (エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

 私は自分が気に入るにちがいない仕事を学ばなくてはならない、そんなものはいくつもないのだが。たぶん大工か、石工。この砂地の土地に湿った、なめらかな、苔がたくさん生えた、冷たい石で、一軒の家を建てよう。美しい石だ、割れ目が交叉し、互いにそっぽをむきあっている。私は山羊たちが歩く小径をたどってゆかなくてはならない、夕方の終わりごろ、大道芸人たちが栄光に包まれてやってくるのを見るために。かれらがしめしてくれるのは、ゆっくりと流れる、とても白い、遠ざかりゆく雲。

(Engénio de Andrade, As nubens)

Saturday 5 April 2008

チュンベーラ(ウチワサボテン) (フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

野生のラオコーン。

きみはなんて立派なんだ
半月の下で!

複数化したペロータ選手たち。

きみはなんて立派なんだ
風をおびやかしつつ!

ダフネとアティスは
きみの痛みを知っている
説明できないそれを。

(Federico García Lorca, Chumbera)

Friday 4 April 2008

クロタロ(カスタネット) (フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

クロタロ。
クロタロ。
クロタロ。
よく響く黄金虫。

手という
蜘蛛の中で
おまえはぬるい
空気に波立たせる
そしておまえの木のさえずりの中で
溺れる。

クロタロ。
クロタロ。
クロタロ。
よく響く黄金虫。

(Federico García Lorca, Crótaro)

Thursday 3 April 2008

女の肖像(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

 彼女の顔に表れていたのは時だけではなく、山羊たちもまた深く足跡を残していた。むずかしかった、不可能だった、彼女を土地そのものから区別するのは。老いて、乾き、風が通過するとぼろぼろと崩れる。ポルトガル女、きわめて貧しく。

(Engénio de Andrade, Retrato de mulher)

Wednesday 2 April 2008

恋歌(W・B・イェイツ)

  恋歌
  (ゲール語から)

恋人よ、行こう、行こう、おれときみとで、
そして遠い森でおれたちは露を散らそう、
すると鮭は見ているだろう、川ガラスもおなじだ、
恋人よ、おれたちは聞くだろう、おれときみとで
雌鹿と雄鹿が呼びかわす遠い声を。
すると枝にいる小鳥は澄んだ声でおれたちのために歌う、
姿を見せない郭公もお祭り気分で鳴く。
そして死は、ああきれいな人よ、そばに近づくことさえしない、
あの遠く香しい森に抱かれているかぎり。

(W.B. Yeats, Love Song: From the Gaelic)

Tuesday 1 April 2008

上着(W・B・イェイツ)

私は私の歌を上着とした
古い神話でできた
刺繍におおわれているのだ
かかとからのどまで。
だが道化どもがそれをつかまえ、
世間の目が見ている中で着た
かれら自身が作ったもののように。
歌よ、やつらに好きに使わせてやれ、
なぜなら企てはより大きいのだから
裸で歩くことのほうが。

(W.B. Yeats, A Coat)

Monday 31 March 2008

カンテラ(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

おお、何というまじめさで
カンテラの炎は瞑想することか!

まるでインドのファキール(行者)が
彼の黄金のはらわたを見つめ
風の止んだ大気を夢見つつ
姿を消してゆくように。

白熱したコウノトリが
その巣から
ずんと重い影をつついて
震えながら姿を見せるのだ
死んだジプシーの少年の
円い両目に。

(Federico García Lorca, Candil)

Sunday 30 March 2008

ギターのなぞなぞ(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

十字路の
円くなった広場で
六人の娘たちが
踊る。
三人は肉でできて
三人は銀でできて。
昨日の夢が彼女たちを探す、
でも黄金のポリフェモが
彼女らをじっと抱きしめている。
ギターです!

(Federico García Lorca, Adivinanza de la guitarra)

Saturday 29 March 2008

コルドバのバリオ(貧民街) (フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

 コルドバのバリオ
  夜の主題

家の中でみんなが
星から身を守っている。
夜が崩れる。
中には死んだ少女がいて
真紅の薔薇を
髪に隠している。
六羽のヨナキウグイスが鉄格子で
彼女のために泣いている。

人々は傷口の開いたギターを抱え
溜め息をつくばかり。

(Federico García Lorca, Barrio de Córdoba)

Friday 28 March 2008

亡霊たち(W・B・イェイツ)

この夜はあまりに奇妙でまるで
私の頭髪が逆立っているように見えたほどだ。
日没にはじまり私は夢を見た、
笑っている、あるいは臆病、あるいは荒ぶる女たちが、
レースや絹の衣服にさらさらと音を立てさせて、
軋む私の階段を上がってくるのを。彼女らは読んでいた、
あのすさまじきものについて私が詩作していたすべてを、
すなわちお返しはあったものの報われない愛を。
彼女らは戸口に立ち私の大きな
木製の聖書台と火のあいだに立っていた
やがて私に彼女らの鼓動が聞こえるまで。
ひとりは遊び女、ひとりは男を
欲望の目で見たことのない子供で、
ひとりは、ひょっとしたら、女王かもしれなかった。

(W. B. Yeats, Presences)

Thursday 27 March 2008

マラゲーニャ(マラガ風の歌舞)(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

死が
タベルナ(居酒屋)に
入ったり出たりしている。

黒い馬たちと
不吉な人々が
ギターの
深い道を通過してゆく。

塩の匂いがする
雌の血の匂いがする
海沿いの
発熱したナルドの草からは。

死が
タベルナに
入ったり出たり
出たり入ったりしている。

(Federico García Lorca, Malagueña)

Wednesday 26 March 2008

メメント(覚えとして)(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

おれが死んだら、
おれのギターと一緒に埋めてくれ
砂の下に。

オレンジの木々と
ハッカに囲まれて
おれが死んだら。

おれが死んだら、
そうしたければ埋めてくれるといい、
風見鶏に。

おれが死んだら、そのときには!

(Federico García Lorca, Memento)

Tuesday 25 March 2008

月が顔をのぞかせる(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

月が出るとき
鐘はすべて失われ
歩み入ることのできない
小径が現れる。

月が出るとき、
海が大地をおおい
心はみずからを
無限の中の島だと感じる。

満月の下でオレンジを
食うやつなんていない。
緑色の冷たい果実を
食べるのがふさわしい。

百のおなじ顔をもって
月が出るとき、
財布の中では銀貨が
ぐすぐす泣いている。

(Federico García Lorca, La luna asoma)

Monday 24 March 2008

呪文(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

メドゥーサのように
こわばった手が
ろうそくの病んだ
目を潰す。

スペードのエース。
十字架になった鋏。

お香の
白い煙の上に、何か
モグラと
曖昧な蝶のようなもの。

スペードのエース。
十字架になった鋏。

それが目に見えない
心臓をしめつける、見えるかい?
風に映っている
心臓が。

スペードのエース。
十字架になった鋏。

(Federico García Lorca, Conjuro)

Sunday 23 March 2008

カフェ・カンタンテ(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

ガラスのランプ
と緑の鏡が並ぶ。

暗い舞台の上で、
ラ・パララ*が対話を
つづけている
死と。
彼女(死)にむかって声をかけるが、
来ないので、
また呼びかけてみる。
お客たちは
しゃくり泣きのようにのどを詰まらせる。
すると緑の鏡たちの中では
長い絹のすそが
揺れるのだ。

* 19世紀アンダルシアの歌手Dolores Parrales の通名。

(Federico García Lorca, Café cantante)

Thursday 13 March 2008

六つの意味深い風景 VI (ウォレス・スティーヴンズ)

VI
合理主義者たちは四角い帽子をかぶって、
四角い部屋で考えている、
床を見つめながら、
天井を見つめながら。
かれらは自分自身を
直角三角形に閉じこめる。
かれらがもし長斜方形とか、
円錐とか、波線とか、楕円を試すならーー
たとえば半月の楕円なんかだがーー
合理主義者たちはソンブレロをかぶることだろう。

(Wallace Stevens, Six Significant Landscapes VI)

六つの意味深い風景 V (ウォレス・スティーヴンズ)

V
街灯のナイフのすべてではなく、
長い街路の鑿でもなく、
ドームの木槌でも
高い塔でもない、
ぶどうの葉越しに輝く
ひとつの星に
彫ることのできるものを彫ることができるのは。

(Wallace Stevens, Six Significant Landscapes V)

六つの意味深い風景 IV (ウォレス・スティーヴンズ)

IV
私の夢が月に近づいたとき、
そのガウンの白い襞は
黄色い光にみたされた。
その両足の底は
赤くなった。
その髪は
ある種の赤い結晶によってみたされた
あんまり遠くない
星からの。

(Wallace Stevens, Six Significant Landscapes IV)

六つの意味深い風景 III (ウォレス・スティーヴンズ)

III
私は一本の高い木を
尺度として自分を計る。
自分の背がずっと高いことがわかる、
なぜなら私は
自分の目で太陽に届くことができるので。
そして私は海岸にも
私の耳によって届く。
それでもね、私は嫌いだ
蟻たちが這って私の影から
出たり入ったりするようすが。

(Wallace Stevens, Six Significant Landscapes III)

六つの意味深い風景 II (ウォレス・スティーヴンズ)

II
夜はある女の
腕の色をしている。
夜、その女性、
暗く、
かぐわしくしなやかで、
彼女自身を隠している。
ひとつの水たまりが、
踊りにより揺れた
腕輪のように輝く。

(Wallace Stevens, Six Significant Landscapes II)

六つの意味深い風景 I (ウォレス・スティーヴンズ)

I
ひとりの老人がすわっている
一本の松の木陰に
中国で。
彼が見るのは飛燕草、
青と白の、
木陰のへりのところで、
風にゆれている。
彼の髭も風にゆれる。
松の木も風にゆれる。
そのようにして水が草の上を流れる。

(Wallace Stevens, Six Significant Landscapes I)

フアン・ブレーバ(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

フアン・ブレーバはもっていた
巨人の体と
少女の声を。
あんなトリルは他にどこにもなかった。
微笑の背後で
歌っているのは
痛みそのものだった。
呼び出すのは
眠るマラガのレモン林、
彼のすすり泣きには
海の塩の後味があった。
ホメロスのように、彼は
盲目のまま歌った。彼の声には
光なき海と干涸びた
オレンジを思わせるものがあった。

(Federico García Lorca, Juan Breva)

六弦(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

ギターが
夢に涙を流させる。
破滅した
魂のしゃくり上げが
その円い口から
逃げ出す。
そしてタランチュラのように、
大きなひとつの星を織り上げるのだ、
黒い木でできた雨水溜め
の上に浮かぶ
溜め息を捕まえるために。

(Federico García Lorca, Las seis cuerdas)

鐘(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

  鐘(ボルドン*)


黄色い
塔の中で
鐘が鳴っている。

黄色い
風の上に
鐘の音が花開く。

黄色い
塔の中で
鐘が鳴りやむ。

風は砂埃で
銀の畝を作る。

*リフレインのこと

(Federico García Lorca, Campana (Bordón))

夜明け(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

だが愛とおなじく
弓を射る者たちは
盲目なのだ。

緑色の夜の上に、
矢は
熱い百合の
痕跡を残してゆく。

月の竜骨が
紫色の雲を破り
矢筒に
露がみちる。

ああ、だが愛とおなじく
弓を射る者たちは
盲目なのだ!

(Federico García Lorca, Madrugada)

Wednesday 12 March 2008

サエタ(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

黒いキリストが
通り過ぎる
ユダヤの百合から
スペインのカーネーションへ。

見ろよ、彼がどこからやってくるのか!

スペインからさ。
透き通った暗い雲
焼けた大地、
とてもゆっくりと水が流れる
川床。
黒いキリストは
焼けたたてがみをもち
尖った頬をして
その瞳は白い。

見ろよ、彼がどこに行くのか!

(Federico García Lorca, Saeta)

*サエタは無伴奏のフラメンコの歌で、多くはキリストの受難を讃えて歌われる。

Tuesday 11 March 2008

行列(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

横町をやってくるのは
奇妙な一角獣たち。
どんな野原から、
どんな神話の森から?
近寄ると、
天文学者に似ている。
おとぎ話のようなメルリンと
「この人を見よ」だ、
魔法のドゥランダルテと
「怒れるオルランド」だ。

(Federico García Lorca, Procesión)

Monday 10 March 2008

ローマ街道(トマス・ハーディ)

ローマ街道はまっすぐ剥き出しで続く
髪の毛の青白い分かれ目のように
ヒースの荒野を。そして思慮深い人々は
現在と過去の日々を対照させ、
調査し、計り、比較する。

がらんとした空中に現われるのは
兜をかぶった兵士たち、誇らしく
鷲の軍旗についてゆく、ふたたび歩みつつ
     このローマ街道を。

けれども背が高い 真鍮の兜の兵士が
私のために出現することはない。私の視界に
立ち上がるのは母の姿、
幼児である私の歩みをみちびいてくれるのだ
かつて二人で歩いたときのように、古代の道
     このローマ街道を

(Thomas Hardy, The Roman Road)

Sunday 9 March 2008

おぼろな自分の姿(トマス・ハーディ)

ここにあるのは古い床
踏まれ摩滅し くぼみ薄くなって、
ここにあるのは以前のドア
死者の足がかつて歩み入った扉。

彼女はここでいつもの椅子にすわっていた、
火にむかってほほえみながら。
演奏する彼はそこに立っていた、
高く いっそう高く 弓をかかげながら。

子供のように、私は夢の中で踊った。
数々の祝福がその日を鮮明に彩った。
すべてがきらめき輝いた。
でも私たちは互いから目をそらしていた!

(Thomas Hardy, The Self-Unseeing)

Saturday 8 March 2008

洞窟(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

洞窟から聞こえる
長いすすり泣き。

(赤の上に
紫。)

ジプシーが呼び出す
遠い国々を。

(高い塔と謎めいた
男たち。)

とぎれとぎれの声に
彼の両目はついてゆく。

(赤の上に
黒。)

そして漆喰を塗られた洞窟が
黄金のうちに震える。

(赤の上に
白。)

(Federico García Lorca, Cueva)

Friday 7 March 2008

短剣(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

短剣が
心臓に入ってゆく、
犂の刃が
荒れ地に入るように。

  いやだ。
 そいつをおれに突き立てるのは
  やめてくれ。

短剣が
太陽の光のように
おそろしい窪地に
火災を起こす。

  いやだ。
 そいつをおれに突き立てるのは
  やめてくれ。

(Federico García Lorca, Puñal)

Thursday 6 March 2008

(乾いた大地、)(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

乾いた大地、
広大な
夜をもつ
しずかな大地。

(オリーヴ畑に風、
山に風。)

古い
石油ランプと
悲しみの大地。
深い溜め池のある
大地。
両目のない死と
矢の大地。

(どの道にも風。
ポプラ並木にはそよ風。)

(Federico García Lorca, "Tierra seca,")

Wednesday 5 March 2008

それから(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

時が作る
迷路たちが
姿を消す。

(残るのはただ
砂漠だけ。)

心臓、つまり
欲望の泉も
姿を消す。

(残るのはただ
砂漠だけ。)

夜明けと口づけの
幻想も
姿を消す。

残るのはただ
砂漠だけ。
波打つ
砂漠だけ。

(Federico García Lorca, Y después)

Tuesday 4 March 2008

通り過ぎた後で(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

子供たちは見つめる
遠い一点を。

ランプはどれも消えた。
盲目の少女たちが
月にたずね、
空気には立ち上る
すすり泣きの渦巻きが。

山々が見つめる
遠い一点を。

(Federico García Lorca, Después de pasar)

Monday 3 March 2008

シギリージャの通過(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

黒い蝶たちに混じって、
浅黒い娘が行く
雲の
白い蛇といっしょに。

光の大地、
大地の空。

けっしてやってこないリズムの
震えに鎖でつながれ。
彼女が銀の心臓と
右手には短剣をもっている。

どこに行くんだい、シギリージャ、
頭を欠いたリズムで?
どんな月が集めるんだろう
石灰と夾竹桃のおまえの痛みを?

光の大地、
大地の空。

(Federico García Lorca, El paso de la Siguiriya)

Sunday 2 March 2008

天気(トマス・ハーディ)

   I

これはカッコウが好む天気で
 私も好きだ。
驟雨が栗のイガを落とし
 鳥のひなを飛ばす。
小さな茶色いナイチンゲールがおめかしして
「旅人亭」の外ですわり
女中たちは小枝模様のモスリンを着てやってきて
市民たちは南と西の夢を見る。
 私もそうする。

   II

これは羊飼いがいやがる天気で
 私もいやだ。
ブナからは茶色と灰褐色のしずくが落ち
 激しく打ち、枝がゆれる。
丘に隠れた潮はずきずきと痛み
牧場には小川があふれ
門の柵にはしずくが垂れ下がり
ミヤマガラスの家族が家路につく。
 私もそうする。

(Thomas Hardy, Weathers)

Saturday 1 March 2008

叫び(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

ひとつの叫びの楕円が
山から山へと
飛ぶ。

オリーヴの木々から、
青い夜に
黒い虹がかかる。

 あい!

ヴィオラの弓のように、
叫びが風の
長い弦をふるわせた。

 あい!

(洞穴に住む人々は
石油ランプをかざして見る)

 あい!

(Federico García Lorca, El grito)

Friday 29 February 2008

風景(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

オリーヴの木々の
野原が
扇のように
開いたり閉じたり。
オリーヴの林の上には
陥没した空と
冷たい星たちの
暗い雨。
イグサと薄闇がふるえる
河原で。
灰色の空気が波立つ。
オリーヴの木々は
叫び声を
背負っている。
囚われの小鳥たちの
群れが、
長い長い尾羽を
暗闇で動かしている。

(Federico García Lorca, Paisaje)

Thursday 28 February 2008

ギター(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

はじまる、ギターの
すすり泣きが。
夜明けのグラスが
こなごなに割れる。
はじまる、ギターの
すすり泣きが。
黙らせようとしても
むだだ。
単調な泣き声だ、
水の泣き声みたいに、
雪景色の上の
風の泣き声みたいに。
黙らせようとしても
むだだ。
遠い何かのために
泣いているのだから。
熱い南の砂が
白いカメリアを欲しがっている。
的を欠いた矢が泣く、
朝のない午後が
そして枝の上の
最初の死んだ小鳥が。
おお、ギター!
五本の剣により
ひどく傷ついた心。

(Federico García Lorca, La guitarra)

Wednesday 27 February 2008

沈黙(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

聞けよ、息子よ、沈黙を。
波打つ沈黙だ、
沈黙だ、
そこでは谷間やこだまが滑り
人々の額はどれも
うつむく。

(Federico García Lorca, El silencio)

Tuesday 26 February 2008

陽が沈んだ(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

          1920年8月

 陽が沈んだ。
       木々は
彫像のように考え込んでいる。
小麦は刈り取られた。
停まった水車の
何というさびしさ!

 田舎の犬が
ヴィーナス(美神=金星)を食いたがって、彼女に吠えかかる。
彼女は口づけ以前の野の上で輝く、
巨大なりんごのように。

 蚊たちーー露のペガサスたちーーが
飛ぶ、しずかな空気の中で。
光の巨大なペネロペが
明るい夜を編む。

 「私の娘たちよ、眠りなさい、狼が来るよ」
子羊たちが啼く。
「もう秋になったの、みんな?」
しおれた花がいう。

 羊飼いたちが巣をもってやってくるだろう
遠い山から!
小さな娘たちは古い宿の
戸口で遊ぶだろう、
そして家々は愛のコプラ(アンダルシア民謡)を歌う
もうとっくに
覚えてしまったそれを。

(Federico García Lorca, Se ha puesto el sol)

Monday 25 February 2008

星たちの時間(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

          1920年

 夜の円い沈黙が
無限の
五線譜の上にある。

 おれは裸で街路に出る、
失われた詩で
熟した状態で。
黒さが、コオロギの歌に
悩まされながらも、
音のあの
死んだ
鬼火をともしている。
魂が知覚する
あの
音楽の光。

 千の蝶たちの骸骨が
おれの囲いの中で眠る。

 狂った風たちの若さが
川の上を吹いてゆく。

(Federico García Lorca, Hora de estrellas)

Sunday 24 February 2008

樹木(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

          1919年

 樹木よ!
きみたちはかつて
青空から落ちた矢だったのか?
どんな恐るべき戦士たちが きみたちを射た?
星々がそうだったのか?

 きみたちの音楽は鳥の魂からやってくる、
神々の目から、
完璧な情熱から。
樹木よ!
きみたちの粗野な根は
土でできたおれの心臓を知るだろうか?

(Federico García Lorca, Arboles)

Saturday 23 February 2008

死(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

         イシドロ・デ・ブラスに


何という努力だ!
何という馬の努力だ
犬になるための!
何という犬の努力だツバメになるための!
何というツバメの努力だ蜂になるための!
何という蜂の努力だ馬になるための!
そして馬は、
何という鋭い矢を薔薇からしぼりだすんだ!
何という色褪せた薔薇がその下唇から立ち上がる!
そして薔薇は、
何という光と悲鳴の群れなんだ
その幹の生きた砂糖につながれて!
そして砂糖は、
何という小刀がその不寝番の中で夢見るのか!
そして小さな短剣は、
何という厩(うまや)なき月、何という裸が、
永遠の紅潮した肌をして探し求め行くことか!
そしておれは、軒下に
何という炎の天使を探し、またおれ自身そんな天使であることか!
だが漆喰のアーチは
何と巨大で、何と不可視で、何と小さいことか、
何の努力もしないまま!

(Federico García Lorca, Muerte)

Friday 22 February 2008

日曜の朝 8(ウォレス・スティーヴンズ)

彼女は聴く、あの音のしない水の上に、
こんな風に大声で話す声を、「パレスチナの墓は
ぐだぐたと霊たちが集うポーチではないよ、
それはイエスの墓だ、彼が横たわる場所です」
私たちは太陽の古い混沌に住んでいる、
あるいは昼と夜の古い相互依存に、
あるいは島の孤独、何にも頼らず自由な
あの広大な水にはばまれて逃れることのできない
鹿が私たちの山を歩き 鶉は私たちのまわりで
その自発的な叫びを口笛みたいに吹く。
甘いベリーが野生の中で熟す。
そして、空の孤立の中で、
夜、鳩のありきたりな群れが、
曖昧なうねりを作り出すのだ、
暗闇へと沈みながら、翼をいっぱいにひろげて。

(Wallace Stevens, Sunday Morning 8)

Thursday 21 February 2008

日曜の朝 7(ウォレス・スティーヴンズ)

しなやかで荒々しく、男たちが輪をなして
ある夏の朝、ばかみたいに歌い狂うことだろう
神としてではなく、しかし神ならそのようにもあるかという
風にかれらに囲まれて裸でいる、まるで野蛮な源泉のような
太陽への、かれらのにぎやかな献身を。
かれらの歌は天国の歌となるだろう、
かれらの血から出て、空へと帰ってゆくのだ。
そしてかれらの歌には、そのひと声ごとに、
かれらの主がよろこぶ風の吹きすさぶ湖が、
あるいは大天使のような木々が、こだまの響く丘が入り、
ずっと後になってもそれらはそれらで合唱をつづける。
かれらにはよくわかっていることだろう
いつかは死んでゆく人間と夏の朝の天国のような友愛が。
そしてかれらがやってきた場所も、かれらの行方も
かれらの両足についた露が明らかにしめすことだろう。

(Wallace Stevens, Sunday Morning 7)

Wednesday 20 February 2008

日曜の朝 6(ウォレス・スティーヴンズ)

天国では死による変化はないのだろうか?
熟れた果実も落ちない? あるいは枝が
あの完璧な空にいつも重く垂れ下がり、
変わることなく、でもやはり私たちの崩れつつある地上に似て、
川は私たちの川とおなじく海を探しては
けっして見つからず、われわれのものとおなじく遠ざかる岸辺が
言葉ではいいあらわせぬ痛恨をもたらすこともないのか?
なぜそんな岸辺に梨を盛ったり
あるいは岸辺をプラムの匂いで飾ったりするんだ?
あーあ、あっちでかれらがこちらとおなじ色や、
私たちの午後とおなじ絹織物を身につけたり、
われわれの無味乾燥な竪琴の弦をつまびくとは!
死こそ美の母、神話的な、
その燃える乳房のうちに 私たちは地上のわれらが母たちを
作り上げる、眠りもないままに待つ彼女らを。

(Wallace Stevens, Sunday Morning 6)

Tuesday 19 February 2008

日曜の朝 5(ウォレス・スティーヴンズ)

彼女はいう、「でも満足はしていても私はまだ感じている
何か不滅の祝福を必要としていることを」
死は美の母。したがって死から、
ただそれだけから、私たちの夢や欲望への
満足はやってくるのだ。彼女、死は、たしかに私たちの
小径に確実な抹消の木の葉をまきちらす、
いやになるほどの悲しみが支配する小径、あるいは
勝利が金属音のフレーズを鳴らしたり、愛が
そのやさしさによりちょっとだけささやいたりした小径だ、
彼女は柳に陽射しの中でも身ぶるいさせる
腰をおろし足を投げ出してじっと
草を見つめることに慣れている娘たちのせいで。
彼女にうながされて少年たちはプラムや梨を
捨てられていた皿に新しく盛る。娘たちは味わい、それから
熱烈に迷いこんでゆくのだ 散らかった落葉の中に。

(Wallace Stevens, Sunday Morning 5)

Monday 18 February 2008

日曜の朝 4(ウォレス・スティーヴンズ)

彼女はいう、「私は満足だわ、目覚めた鳥たちが
飛び立つまえに、霧のかかった野原の現実を、
かれらの甘い問いかけで試すとき。
でも鳥たちが去って、かれらの暖かい野原が
もう戻ってこないとき、そのとき天国はどこにあるの?」
予言がつきまとう場所もなく、
墓の古いキマイラも一切なく、
黄金の地下もなく、霊たちが住処を見出す
美しい旋律の島もなく、
あるいは幻想の南も、
四月の緑が続くように続いた、
天国の丘にある遠い曇った椰子もない、
あるいは彼女が目覚めた鳥たちに似ているように続く、
あるいは六月と完成したツバメの翼によって転覆させられた
夜を求める彼女の欲望のように続く。

(Wallace Stevens, Sunday Morning 4)

Sunday 17 February 2008

日曜の朝 3(ウォレス・スティーヴンズ)

ジョヴは雲の中で非人間的に誕生した。
お乳をくれる母親はなく、どんな甘美な土地が
彼の神話的な心に鷹揚な身振りを与えたのでもなかった。
彼は私たちのあいだを動いた、つぶやく王さまとして、
堂々と、作男たちのあいだを歩くのだった、
やがて私たちの処女の血が天と
混じり合い、まさにその作男たちが一個の星の
うちに認めるような、欲望への返礼をもたらすまで。
私たちの血では足りない? それともそれは
天国の血となる? そして大地は私たちが知るであろう
天国のすべてだと見えるようになるのですか?
そのとき空はいまよりずっと人なつこくなって、
労働の一部となり痛みの一部となり、
栄誉にかけては永続する愛につぐものとなるはずだ、
この分断する 無関心な青ではなく。

(Wallace Stevens, Sunday Morning 3)

Saturday 16 February 2008

日曜の朝 2(ウォレス・スティーヴンズ)

なぜ彼女は死者に恵みを与えたりするんだ?
神とは もしそれが沈黙の影としてか夢の中でしか
来ることができないのであれば いったい何だ?
彼女は太陽がもたらすなぐさめとか、
つんとくる果実とか明るい緑の翼とか、あるいは
大地の何らかの芳香や美のうちに、
天国という思念みたいな大切にしたい何かを発見しないのか?
神は彼女自身のうちに生きるしかない。
雨の情念とか、あるいは降る雪の不機嫌とか。
さびしさのうちの悲嘆とか、森が
花咲くときの弾けるようなよろこびとか。秋の
夜の濡れた道路で吹きすさぶ感情とか。
すべてのよろこび すべての痛みだ、夏の
大枝と冬の小枝を思い出しながら。
彼女の魂を計るには、こういったものが使われる。

(Wallace Stevens, Sunday Morning 2)

Friday 15 February 2008

日曜の朝 1(ウォレス・スティーヴンズ)

なんともひとりよがりな部屋着、日向の椅子に
すわって遅いコーヒーとオレンジ、
そして敷物の上のオウムの緑色の自由の
すべてが入り交じって 追い散らすのだ
古代の供儀の聖なる沈黙を。
彼女はわずかに夢見る、あの古い
カタストロフィが暗く浸食してくるのを、
水の光の中でひとつの静寂が暗くなるにつれて。
つんとくる匂いのオレンジと明るい緑の羽根は
どこかの葬礼の行列に参列しているもののようだ、
広大な水を超えて蛇行してゆく、音もなく。
その日それ自体が広大な水のようで、音もなく、
彼女の夢見る両足の通過のために静止させられているのだ
海を越え、沈黙のパレスチナにむかって、
血と墓の所領にむかって。

(Wallace Stevens, Sunday Morning 1)

Thursday 14 February 2008

お茶(ウォレス・スティーヴンズ)

公園の象の耳が
霜にしおれて
小径の落ち葉が
ねずみのように走ったとき、
きみのランプの明かりは
輝く枕に落ちる、
海の色合い、空の色合いをもって
ジャワの雨傘のごとく。

(Wallace Stevens, Tea)

Wednesday 13 February 2008

人生と心の瓦礫(ウォレス・スティーヴンズ)

身近で暖かいものなどわずかにしかない。
まるで私たちが子供だったことなどなかったかのようだ。

部屋にすわりなさい。月光の中では真実だ
私たちが若かったことなど一度もなかったかのようだということが。

私たちは目覚めているべきではない。これから
明るい赤の女が立ち上り

激しい金色の中に立ち、髪にブラシをかける。
彼女は考え深く ある一行のせりふをいうだろう。

彼女はかれらのことをあまり歌えないやつらだと考えている。
そもそも、空がこれほど青いときには、事物はみずからを歌う、

彼女のためにすら、すでに彼女のために。彼女は耳を傾け
彼女の色こそひとつの瞑想なのだと感じる、

きわめて陽気でありつつ かつてほど陽気ではない。
ここにいなさい。よく知った事物のことをしばらく語りたまえ。

(Wallace Stevens, Debris of Life and Mind)

Tuesday 12 February 2008

あらし(ウィリアム・カルロス・ウィリアムズ)

完璧な虹だ! 大きな
弧が北の空に低く
黒い湖の上にかかり

湖面では小さな波が荒れ
そこに 町の南にいる
太陽が冷たく

風にさからえない裸の丘越しに
陽光を投げかける
風は何も目覚めさせないが

傾いた二、三本の煙突から
煙を吹き飛ばし 煙は激しく
南へとたなびいている

(William Carlos Williams, The Storm)

Monday 11 February 2008

カラスムギが刈り取られたとき(トマス・ハーディ)

カラスムギが刈り取られたあの日、小麦は熟し、大麦は熟しつつあり、
 道の土ぼこりは熱く、草は乾き色褪せ、
  私はしばらく歩いてから、すぐ先にある
沈黙する人々が横たわる場所を見つめて言った。

「あそこにいる人をおれは傷つけた、おれが彼女を傷つけたって今ではちゃんとわかっている。
 でも、ああ、彼女は知らないんだ、彼女もおれを傷つけたことを!」
  それでも空気は微動もせず、
どんな鳥のくちばしも動かず、彼女は返事をくれなかった。

 1913年8月

(Thomas Hardy, When Oats Were Reaped)

Sunday 10 February 2008

列車に乗った意気地なし(トマス・ハーディ)

朝の九時にひとつの教会が通過した、
十時には浜辺が私を行き過ぎた、
十二時には煙と煤の町が、
二時には樫と樺の森が、
  そして、ある駅のプラットフォームに、彼女、

まばゆい未知の人だ、彼女が見ていたのは私ではなかった、
私はいった、「彼女に会うために降りてゆこうか、勇気を出して!」
でも私はすわったまま口実を探していて、
車輪はそのまま進んだ。ああもしあのとき
  あそこに降りることができたなら!

(Thomas Hardy, Faintheart in a Railway Train)

Saturday 9 February 2008

息(ピエール・ルヴェルディ)

 私の屋根の上に、木々の上に、雪が降っている。壁と庭は白く、小径は黒く家は音もなく潰れた。雪が降っている。

(Pierre Reverdy, Souffle)

マグニフィコの隠喩(ウォレス・スティーヴンズ)

二十人の男が橋をわたって、
村に入ってゆくというのは、
二十人の男が二十の橋をわたって、
二十の村に入ってゆくことか、
あるいは一人の男が
ひとつの橋をわたってひとつの村に入ってゆくということだ。

こんなのは古い歌で
みずから名乗りを上げたりはしない...

二十人の男が橋をわたって
ひとつの村に入ってゆく
それは
二十人の男がひとつの橋をわたって
ひとつの村に入ること。

それはみずから名乗りを上げることはないが
確実な意味がある...

男たちのブーツは橋の
板の上でどんどん音を立てる。
村の最初の白い壁は
果実のなる木々を抜けて立ち上がる。
私は何を考えていたんだろう?
これで意味は逃げてゆく。

村の最初の白壁...
果実のなる木々...

(Wallace Stevens, Metaphors of a Magnifico)

Friday 8 February 2008

あっさりと(トマス・ハーディ)

それがきみのやり方だったね、
ひとこともいわずに姿を消すのが
訪ねてきた友人とか親戚なんかが
帰ってゆき、おれが急いで中に入って
きみのところに戻るつもりでいても。

そしてきみがどこかーーたとえば町にーー
急いで出かけるとなると
きみはあっというまにいなくなった
おれがそんなこと思いもしないうちに、
きみのトランクが出しっ放しだと気づきもしないうちに。

それで今、きみがそんな
すばやいスタイルで 永遠に消えてしまった今、
きみがいいたいことはおれには
昔どおり ちゃんとわかるよ
「さよならなんてわざわざいうほどのことじゃないわ!」

(Thomas Hardy, Without Ceremony)

Thursday 7 February 2008

遺伝(トマス・ハーディ)

私は家族の顔。
肉は崩れても、私は生き延びる、
時を超えて たゆむことなく
顔つきや線を投射し、
場所から場所へと
忘却を超えて跳んでゆく。

歳月を超えてうけつがれた容貌は
輪郭と声と眼において
人間の生涯の時間など
意にも介さない。ーーそれが私。
人の中の永遠なるもの、
死の呼びかけを平然と無視するもの。

(Thomas Hardy, Heredity)

Wednesday 6 February 2008

ロマンスの言い換え(ウォレス・スティーヴンズ)

夜は夜の歌のことなど何も知らない。
それはただそれだ 私が私であるように。
そしてこれを知覚することにおいて私はもっともよく私自身を知覚する。

きみのことも。ただわれわれ二人はお互いに
相手においてお互いがさしだすものを交換できるかも。
ただわれわれ二人だけがひとつなのだ、きみと夜ではなく

夜と私でもなく、きみと私が、二人だけが、
あまりにも孤独で、あまりにも二人きりで、
あまりにもありきたりな孤独を超えていて、

夜とはただ私たちの自己の背景にすぎず、
私たちはお互いに分離した自己にすばらしく忠実なのだ、
かすかな光の中でお互いがお互いに投げつけ合う自己に。

(Wallace Stevens, Re-Statement of Romance)

Tuesday 5 February 2008

黙っている男との絶えまない会話(ウォレス・スティーヴンズ)

老いた茶色いめんどりと老いた青空、
両者のあいだで私たちは生き、かつ死ぬーー
丘の上の壊れた荷車の車輪。

あたかも、海を前にして、
網を干し帆をつくろって
終りなき物事のことを話しているかのようだ、

終りなき意志の嵐について、
ひとつの意志と数多くの意志の、そして風、
葉叢の中の数多くの意味の、

軒下の一枚の葉へと引き下げられた意味の、
それはその嵐を、農場へと、
トルコ石色をしためんどりと空の連鎖へと、

そして荷車が通過する際に壊れてしまった車輪へと、
むすびつけるもの。軒下にあるのは声ではない。
言葉ではないのだ、われわれがこの

会話の中に聞くのは。そうではなくて
事物とその動きの音。もう一人の男、
トルコ石の怪物が動きまわる音。

(Wallace Stevens, Continual Conversation With a Silent Man)

Monday 4 February 2008

のどを痛めていた男(ウォレス・スティーヴンズ)

一年のうち今がいつかはどうでもよくなった。
夏の白カビもしだいに深くなる雪も
私が知っている日課の中では似かよっている。
私はあまりにも無言で自分の存在に閉じこめられている。

夏至や冬至につきものの風が
各地の首都のシャッターに吹きつける、
眠っている詩人を動揺させることはなく、村々で
大げさな想念を鐘のように鳴らす。

日常生活の病......
おそらく、もし冬がいちどでも
そのあらゆる紫をつらぬいて、凍てつく靄の中で荒涼と
耐える最後のスレートの屋根板にまで達するなら

そのとき人はより少なく臆病になって、
そんな白カビからも よりきれいなカビを引き抜き
寒さの新しい式辞を噴き出すのかもしれない。
そうかも。そうかも。だが時が態度をやわらげることはない。

(Wallace Stevens, The Man Whose Pharynx Was Bad)

Sunday 3 February 2008

ウォルドーフへの到着(ウォレス・スティーヴンズ)

グアテマラから帰り、ウォルドーフに着く。
魂の野生の国への到着において
すべての接近は失われているのだ、完全にそこにいることで、

そこでは野生の詩が代理となる
愛している あるいは愛すべき女の、
ひとつの野生のラプソディーが もうひとつのそれの偽物となる。

きみはホテルにふれる まるで月光にふれるがごとく
あるいは陽光に そしてきみがハミングすればオーケストラも
ハミングし きみはいうのだ「詩句の中の世界、

封印された一世代、山々よりも遠い人々、
音楽と動きと色彩の中で見えなくなっている女たち」
あの異質で、あからさまで、緑で、現実にあるグアテマラの後では。

(Wallace Stevens, Arrival at the Waldorf)

Saturday 2 February 2008

読者(ウォレス・スティーヴンズ)

一晩中 私はすわり本を読んでいた、
すわって読んでいた まるで
暗いページの本を読むように。

秋で 降る星々が
月光の中にしゃがみこむ
しなびたかたちを覆っていた。

私が読むあいだランプは燃えていなくて、
何かの声がつぶやいていた、「すべては
冷たさの中に帰ってゆくのだ、

葉の無い庭園の
じゃこうの匂いのするマスカディンだって、
メロンや朱色の梨だって」

暗いページには印刷がなく
あるのはただ凍った天の
燃える星たちの軌跡のみ。

(Wallace Stevens, The Reader)

Friday 1 February 2008

おれはひどく恐いんだ......(セサル・バジェホ)

おれはひどく恐いんだ、白い雪の
獣になることが、その血流のみにより父親と
母親を養い、このすばらしい、太陽的な、大司教みたいな
一日、こうして夜を代演する一日に、
この獣は満足することも、呼吸することも
変身することも、金を稼ぐことも
線的に
回避する。

おれがもしそれほどまでに男であったなら
恐るべき苦痛だろう。
でたらめだ、多産な前提だ
その偶然のくびきに
おれの腰回りの精神的な蝶番は負ける。

でたらめだ... 一方、
神の頭のこちら側では、こうなのだ、
ロックやベーコンの図表では、家畜の青ざめた
首すじでは、魂の鼻面では。

そして、かぐわしい論理においては、
私はこんな実践的な恐れをもっている、この
すばらしい、月的な一日に、そいつであること、というか
こいつであること、その嗅覚にとっては地面も、
生きたでたらめも死んだでたらめも死者の匂いがするような。

ああ、のたうち、ころげ、咳をし、ぐるぐる巻きだ、
教義も、こめかみも、肩から肩までぐるぐる巻き、
立ち去り、泣き、さあさあ八つでいいから持ってけよ
あるいは七、六、五つ、あるいは
三つの力をもつ人生にまで、負けといてやるさ!

(César Vallejo, Tengo un miedo terrible...)

Thursday 31 January 2008

窓(ギヨーム・アポリネール)

赤から緑にむかってすべての黄色は死んでゆく
鸚鵡が故郷の森で歌うとき
ピヒの臓物
片翼の鳥について書くべき詩がある
私たちはそれを電話線で送信する
巨大な外傷体験
涙がわんわん湧き出す
若いトリノ娘たちに混じってひとりきれいな娘がいる
あわれな若者が自分の白ネクタイで鼻をかんだ
きみは幕を開ける
するとこんどは窓が開くんだ
両手が光を編むときの蜘蛛
青ざめた美しさ 測り知れない紫
私たちは休憩をとろうとするが果たせない
深夜十二時に始めよう
時間があるときには自由がある
巻貝とかアンコウ たくさんの太陽と夕陽の海胆(うに)
窓の前には古い黄色い靴が一足

塔とはすなわち通り
井戸
井戸すなわち広場
井戸
うろになった木々が野良の牝山羊たちをかくまう
シャバンたちが死にそうに退屈な歌をうたっている
マロン色をしたシャビンヌたちにむけて
そしてガアガア鵞鳥は北でらっぱを吹く
そこではアライグマ猟師たちが
毛皮をがりがり掻いている
きらめくダイアモンド
ヴァンクーヴァー
そこでは雪白と夜の火の列車が冬を逃れてゆく
おお パリ
赤から緑にむかってすべての黄色は死んでゆく
パリ ヴァンクーヴァー イェール マントノン ニューヨーク アンティーユ諸島
窓はオレンジのように開く
美しい光の果実

(Guillaume Apollinaire, Les Fenêtres)

Wednesday 30 January 2008

人生とは動きだ(ウォレス・スティーヴンズ)

オクラホマでは、
ボニーとジョージーが、
キャラコの服を着て、
切り株のまわりで踊った。
二人は叫んだ、
「オーホーヤーホー、
オーホー」......
祝っていたのは肉体と
空気との結婚。

(Wallace Stevens, Life is Motion)

優美なる放浪者(ウォレス・スティーヴンズ)

フロリダの巨大な朝露が
大きな鰭のある椰子の木と
生命を求めて猛る緑の蔓を
もたらすとき、

フロリダの巨大な朝露が
それを見る者に
讃歌につぐ讃歌を生ませるとき、
その人はこうしたすべての緑の側と
緑の側の黄金の側と

祝福された朝が、
その若い鰐の目と
稲妻の色彩のために出会うのを見つめているのだが、
それとおなじく、私の中には、投げつけられてくるのだ、
かたちが、炎が、炎の薄片が。

(Wallace Stevens, Nomad Exquisite)

Tuesday 29 January 2008

ガビナル(憂鬱なる阿呆)(ウォレス・スティーヴンズ)

あの奇妙な花、太陽、
きみはそれを言うわけだ。
好きにしなさい。

世界は醜い、
そして人々はさびしい。

あのジャングルの羽毛、
あの獣の目、
きみはそれを言うわけだ。

あの野蛮な火、
あの種子、
好きにしなさい。

世界は醜く、
人々はさびしい。

(Wallace Stevens, Gubbinal)

さようなら、さようなら、さようならと手を振る(ウォレス・スティーヴンズ)

それは手を振るということだろう 泣くということだろう、
泣き 声をあげ 別れを告げる
目に映る別れと中央に位置する別れ、
手を動かすこともなくじっと立ちつくすだけ。

したがうべき天のない世界では、休止は
終わりを意味するだろう、別離よりも悲痛な、
 より深い終わりを、
そしてそれは別れを告げるということだろう、別れを反復し、
ただそこにいてただ見ているだけ。

自分の特異な自己となり、あまりにも少なくしか
生み出さず少なくしか得なかったやつを軽蔑するのだ、
あまりにお話にならないほど卑小なやつを、
いつも歓びにみちたお天気をよろこび、

自分のカップから少し飲んでは一言も発することなく、
あるいは眠ったり あるいはただじっと横たわり、
ただそこにいる、ただ見ている、
それが別れを告げるということだろう、別れを告げること。

物事を練習するのはいいものだ。かれらは練習する
十分に、天国にそなえて。いつも歓びにみち、
ここにはたしてお天気以外の何がある、私には
太陽に由来する以外のどんな精霊がいる?

(Wallace Stevens, Waving Adieu, Adieu, Adieu)

Monday 28 January 2008

十時の幻滅(ウォレス・スティーヴンズ)

その家々にはよく出るんだ
白いナイトガウンが。
緑のものはなく、
紫で緑の輪がついたものもなく、
緑で黄色い輪がついたものもなく、
黄色で青い輪がついたものもない。
見慣れないものなど何もなく、
レースの靴下と
ビーズの腰帯をつけている。
人々はヒヒや巻貝の夢
など見ない。
ただ、そこここに、一人の老水夫が、
酔っぱらい ブーツをはいたまま居眠りしつつ、
虎を捕獲する
赤い天候の下で。

(Wallace Stevens, Disillusionment of Ten O'clock)

Sunday 27 January 2008

松林の中のちゃぼたち(ウォレス・スティーヴンズ)

カフタンを着たアズカンの族長イフカン
ヘンナ色の首羽を褐色にまとっている者よ、止まれ!

けしからん普遍的な雄鶏よ、まるで太陽が
おまえの燃え立つ尾を支える、黒人でもあったかのように。

でぶ! でぶ! でぶ! でぶ! 私とは私的なもの。
きみの世界はきみだ。私が私の世界だ。

きみ、ちびすけどものあいだの背丈十フィートの詩人。でぶ!
去れよ! この松林では一羽のちびすけが毛を逆立てている、

毛を逆立てる、そしてそのアパラチア風の刃をつきつける、
堂々と肥えたアズカンも、そのほーいという呼び声も怖れずに。

(Wallace Stevens, Bantams in Pine-Woods)

Saturday 26 January 2008

月光(ブレーズ・サンドラール)

ゆれるゆれる船上は
月が月が海面に輪を作る
空ではマストが輪を描いて
すべての星を指さしてくれる
アルゼンチン娘がひとり手すりに肘をつき
フランスの海岸を描き出す灯台たちを見つめながらパリを夢見る
わずかにしか知らないけど 彼女が別れてきてさびしくてたまらないパリ
灯は回転し固定され二重で色がつき点滅し彼女に思い出させるのだ ホテルの窓から見た大通りのあれこれを すぐに帰れますよと彼女に約束しつつ
彼女はすぐにフランスに戻ってきて パリに住むことを夢見ている
おれのタイプライターの音が 彼女が夢を最後まで見ることをじゃまする
おれのすてきなタイプライターは行が終わるごとにチンと鳴ってしかもジャズとおなじくらい速いんだ
おれのすてきなタイプライターは左舷や右舷を おれが夢見ることをじゃまする
でもひとつの考えを おれに最後までつきつめさせる
おれの考えを

(Blaise Cendrars, Clair de lune)