Wednesday 19 November 2008

私は暗黒の世界で立ちつくし考えていた(スティーヴン・クレイン)

私は暗黒の世界で立ちつくし考えていた、
両足をどちらに向ければいいのかわからなくて。
すると人々の早足の流れが見えた、
休むことなく次々に現われるのだ、
熱心な表情で、
欲望の奔流として。
私はかれらに呼びかけた。
「どこに行くんですか? 何が見えるのですか?」
千の声が私にむかって叫んだ。
千の指がゆびさした。
「見ろ! 見ろ! あそこだ!」

私は知らなかった。
だが、見よ! 遠い空に輝いているのは
えも言われぬ、神々しい光、----
棺に描かれたヴィジョン。
あるとき、それはあり、
あるとき、それはなかった。
私はためらった。
すると人の奔流から
轟くような声がした、
いらだったように。
「見ろ! 見ろ! あそこだ!」

それでふたたび私は見た、
そして跳んだ、きっぱりと、
そして指をいっぱいにひろげ、摑もうと
必死になってがんばった。
硬い山々が私の肉を裂いた。
道が両足に噛みついた。
ついに私はまた目にした。
遠い空にはもう
えも言われぬ、神々しい光はなく
棺に描かれたヴィジョンもなかった。
そして私の両目はあいかわらず、痛いほど光を求めている。
それで私は絶望して叫んだ。
「何も見えない! ああ、私はどこに行くのか?」
奔流はふたたびいっせいにふりむいた。
「見ろ! 見ろ! あそこだ!」

そして私の精神の盲目ぶりに
かれらはこんな風に怒鳴ったのだ。
「馬鹿者! 馬鹿者! 馬鹿者!」

(Stephen Crane, "I stood musing in a black world")