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Friday, 12 September 2008

隠喩の動機(ウォレス・スティーヴンズ)

きみは秋の樹木の下が気に入っているね、
なぜならすべてが半ば死んでいるからだ。
風は木の葉のあいまを不自由に動き
意味のない語を反復する。

おなじように、きみは春にも幸福だった、
四分の一できあがった物たちの半ばだけの色彩に、
少しだけより明るい空、溶ける雲、
一羽だけの鳥、暗い月----

暗い月が暗い世界を照らしているのだ
けっして完全には表現されない事物の世界を、
そこではきみ自身けっして十分きみ自身でなく
そんなことは望みもせずそうある必要もなかった、

変化の快活さを望みながら。
隠喩への動機は原初の月の
重みから収縮していた、
存在のABCから、

赤と青の
ハンマー、硬い音----
血色のよい気質にぶつかる鋼----鋭い閃光、
生気にみちて、傲慢で、致命的で、支配的なX。

(Wallace Stevens, The Motive for Metaphor)

Thursday, 28 August 2008

キューバ人の医者(ウォレス・スティーヴンズ)

私はインド人から逃れるためにエジプトに行った、
だがインド人は彼の雲
彼の空から打ちかかってきた。

これは月で育てられた虫ではない、
幽霊的空気から遠くもぞもぞと降りてくる虫、
居心地のよいソファで夢見られるような。

インド人は打ちかかってきて姿を消した。
敵がそばにいることを私は知っていたーー私、
夏のひどく眠たい角笛の中でまどろんで。

(Wallace Stevens, The Cuban Doctor)

飛行家の墜落(ウォレス・スティーヴンズ)

この男は汚れた運命を逃れた、
自分は高貴な死に方をしたと知りつつ、たしかにそんな死だった。

人間の死後の暗闇、無が、
空間の深みの中に彼を受け入れ、そこに留めた----

そこはprofundium、肉体の雷、信仰をもたぬまま
信仰を超えて、私たちが信じている次元。

(Wallace Stevens, Flyer's Fall)

ポーランド人の伯母との会談(ウォレス・スティーヴンズ)

       彼女は天国(パラディ)のすべての伝説
       とポーランド(ポローニュ)のすべての
       民話を知っていた。
                「両世界通信」

      彼女
ヴォラギーネに出てくる私の聖者さまたちが、
あの刺繍のあるスリッパをはいて、おまえの憂鬱にふれるとはどういうこと?

      彼
老いたパンタローネ(道化)たち、春の女将!

      彼女
想像力とは事物の意志......
こうして、ありふれた働き手にもとづいて、
おまえは藍をまとった女たちを夢見るのね、
燃える秘密を、ひそかに、読むために
より近くある星々にむかって書物を掲げている彼女らを。

(Wallace Stevens, Colloquy With a Polish Aunt)

風が変わる(ウォレス・スティーヴンズ)

こんなふうに風が変わるのだ。
いまでも熱心に
そして絶望的に考えている
老いた人間の思考のように。
こんなふうに風が変わるのだ。
いまでも自分の中に非合理的なものを感じている、
幻想をもたない女のように。
こんなふうに風が変わるのだ。
誇らかに接近する人間たちのように、
怒りつつ接近する人間たちのように。
こんなふうに風が変わるのだ。
重くて、沈鬱で、
どうなってもいいと思っている人間のように。

(Wallace Stevens, The Wind Shifts)

Wednesday, 27 August 2008

泥の達人(ウォレス・スティーヴンズ)

春の泥水の川が
歯をむきだして唸っている
泥の空の下で。
心が泥だ。

それなのに、心にとって、ふくらむ
緑の新しい土手は
そうでない。

黄金の空の側では
そうでない。
心が唸る。

ピッカニーン(黒んぼの子供)のうちいちばん黒いやつ、
そいつが泥の達人です。
光の筋が
遠くで、空から地へと降っているが、
それがそいつだ----

桃のつぼみの作り手、
泥の達人、
心の達人。

(Wallace Stevens, Mud Master)

青いギターをもった男33(ウォレス・スティーヴンズ)

泥の中におとしめられたあの世代の
夢は、月曜日の汚れた光の中で、

その通り、かれらが知っている唯一の夢は、
最終ブロックにある時間、やがて

来るべき時間ではなく、二つの夢の言い争いではなく。
ここにあるのは来るべき時間のパン、

これがその現実の石。そのパンが
われわれのパンとなるだろう、石が

夜になればわれわれが眠るわれわれのベッドとなるだろう。
昼になれば忘れてしまうだろう、覚えているのは

われわれが演奏することを選ぶときだけだ、
想像の松を、想像のカケスを。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男32(ウォレス・スティーヴンズ)

光は、定義は、どれも投げ捨てろ、
そしてきみが暗闇に見るものに関していえばいいさ

それはこれだとかそれはあれだとか、
だが腐った名前は使わないこと。

なぜきみはあの空間の中を歩いて
空間の狂気について何も知らず、

そのふざけた生殖について何も知らずにいられるのか?
光なんかぜんぶ捨てろ。きみと

かたちの殻が破壊されたとききみがとる
かたちのあいだに邪魔物は入れるべきでない。

きみとしてのきみ? きみはきみ自身だ。
青いギターはきみを驚かす。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Tuesday, 26 August 2008

青いギターをもった男31(ウォレス・スティーヴンズ)

雉子はどれだけ長く、いつまで眠るんだ......
雇い主と雇われ人がかれらの

滑稽な仕事を争い、戦い、構成する。
泡立つ太陽は泡を出して、

春が火花を散らし雄鶏が金切り声を出す。
雇い主と雇われ人は耳にして

かれらの仕事を続ける。その金切り声が
小薮をゆさぶる。居場所がない、

ここには、空の博物館で、
心に打ちつけられた雲雀には。雄鶏が

かぎ爪で摑まって眠るだろう。朝とは太陽のことではない、
神経のこんな姿勢のことだ、

あたかも腕の鈍った弾き手が青いギターの
いろんなニュアンスを把握したように。

それはこのラプソディであるか、あるいは無だ、
あるがままの事物のラプソディ。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男30(ウォレス・スティーヴンズ)

これから私は人間を進化させる。
これが人間の本質だ。古い腕人形(ファントッシュ)なのだ。

風に自分のショールをかけている、
まるで舞台上にいる何かみたいに、頬をふくらませ、

彼の気取った歩きぶりは何世紀にもわたって研究されてきた。
そしてついに、彼の物腰にもかかわらず、彼の目は

重い電線を支える電柱の
横木に止まり、Oxidiaという

ありふれた郊外を投げ捨てた。
分割払いは半分支払済み。

朝露をはずませる受け狙いの演技が
機械の上のぞんざいな山から炎を噴いている。

見よ(ecce)、Oxidiaとはこの
琥珀色の燃えさしみたいなさやからこぼれた種子にすぎない、

Oxidiaとは火の煤のこと、
Oxidiaとはオリンピア。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Monday, 25 August 2008

青いギターをもった男29(ウォレス・スティーヴンズ)

カテドラルで、私は腰をおろし、読んだ、
ひとりで、一冊の薄っぺらな雑誌を、そしていった

「地下倉でのこれらの味見は
過去と祭りを対立させている、

カテドラルを超えて、外にあるものは、
婚礼の歌とバランスをとっている。

つまりそれは腰をおろし事物のバランスをとること、
あれにもこれにも静止に達するまで、

ある仮面に関して、のようだということ、
別の仮面に関して、のようだということ、

バランスが完全に落ち着くことはないと、
またどんなに似ていても仮面は奇妙なものだと知ること」

かたちがまちがっているし音は嘘だ。
鐘は雄牛の低い鳴き声だ。

それなのにフランチェスコ会士の先生は
この肥沃な鏡の中で以上に彼自身であったことはない。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男28(ウォレス・スティーヴンズ)

私はこの世界の土着民で
その中で土着民らしい考え方をする、

ジェズ、私が自分のものと呼ぶような
思考を考えているような心の土着民ではない、

土着民、この世界の土着民であって
土着民のようにその中で考える。

それは心であるはずがない、水っぽい草が
その中を流れてゆきながらも一枚の

写真のように固定されているそんな波、
その中で枯れた木の葉が吹かれているような風。

ここで私はより深い力を吸いこみ
私自身として、私は語り動き

すると事物は私がそうであると思うとおりの事物であって
私がいうとおりに青いギターの上にある。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男27(ウォレス・スティーヴンズ)

海が屋根を白くするのだ。
海は冬の空気の中を漂ってゆく。

北風が作るのは海だ。
海は降る雪の中にある。

この暗闇は海の暗さだ。
地理学者たちよ哲学者たちよ、

よくごらん。あの塩のカップがなければ、
軒についた小さなつららがなければ----

海など嘲笑の一形式にすぎない。
氷山の背景が諷刺するのは

自分自身になれない悪魔であり、
そいつは旅しているのだ、変化する風景を変化させるため。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男26(ウォレス・スティーヴンズ)

彼の想像力に洗われた世界、
世界は海辺だった、音なのか形なのか

それとも光、いくつもの別れの遺物、
岩、別れのこだまの、

それにむかって彼の想像力が帰還し、
そこからそれが急いで立ち去った、空中の砂州として、

砂は雲のうちに盛り上がり、殺人的な
アルファベットと戦う巨人だった。

思考の、接近不可能な
ユートピアの夢の群れ、

山のような音楽はいつも
落下し過ぎ去ってゆくところだと見えた。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男25(ウォレス・スティーヴンズ)

彼は世界を彼の鼻の上に載せ
そしてこんなふうにして彼は投げ捨てた。

彼の衣裳と象徴ときたら、あいやいやい----
そしてそんなふうにして彼は世界をくるりと回した。

樅の木のように暗く、液体の猫たちが
音を立てずに草の中で動いた。

草がぐるりと回っていることをかれらは知らなかった。
猫は猫を捕らえ草は灰色になり

世界は、あい、こんなふうに、諸世界を捕らえた。
草は緑になり草は灰色になった。

そして鼻は、あんなふうに永遠なのだ。
あるがままの事物、あるがままの事物、

いつかしだいにそうなるであろうがままの事物......
一本の太い親指があいやいやいと拍子をとる。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男24(ウォレス・スティーヴンズ)

泥の中に見つかったミサ典書
のようなひとつの詩、あの若者のためのミサ典書、

あの本に対してひどく飢えているあの学者、
あの本そのもの、というか、むしろ一ページに、

というか少なくともひとつの句、あの句に、
人生の鷹、ああのラテン語化された句に。

知るために。じっと考えこむ目つきのためのミサ典書を。
あの鷹の目に直面し、その目にではなく

直面がもたらすよろこびに後ずさりすること。
私はふざけているさ。だがこれが私が考えていることなのだ。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Sunday, 24 August 2008

青いギターをもった男23(ウォレス・スティーヴンズ)

いくつかの最終的解決、葬儀屋との
デュエットみたいに。雲の中の声、

地上のもうひとつの声、一方はエーテルの
声で、もう一方はどうも酒の匂いがし、

エーテルの声のほうが優位で、雪の中の
葬儀屋の歌のうねりが

花環に呼びかけ、雲の中の
声は晴朗で最終的で、ついで

豚のうなるような息も晴朗で最終的で、
想像と現実とか、思考と

真理とか、詩(Dichtung)と真実(Wahrheit)とか、
すべての混乱が解決する、ちょうど

あるがままの事物の本性をめぐって
年ごとに演奏しつづけるリフレインにおけるがごとく。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男22(ウォレス・スティーヴンズ)

詩が詩作の主題、
ここから詩作が出発して

ここに帰ってゆく。両者のあいだに、
出発と帰還のあいだに、あるのは

現実におけるある不在、
あるがままの事物。とわれわれはいうわけだ。

だが両者は別々のものなのか? それは
詩作にとって不在なのか、詩作が

その真の外見をそこで獲得するのに、太陽の緑と、
雲の赤と、感じる大地と、思考する空から?

こうしたものからそれは得る。おそらくそれは与える、
普遍的な交流において。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

青いギターをもった男21(ウォレス・スティーヴンズ)

すべての神々の代替物だ。
この自己、あの超然とした黄金の自己でなく、

孤独で、拡大された自分の影であり、
身体の主として見下ろしている、

今もそうしているように、そして声高に呼ぶ、
より広大な天空においてチョコルアの影を、

超然とし、孤独な。土地とその土地に住む
人々の主なのだ、至高の主、
自分の自己であり自分の土地の山々だ、

影もなく、壮麗でもなく、
肉と、骨と、土と、石。

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)

Monday, 18 August 2008

青いギターをもった男20(ウォレス・スティーヴンズ)

人生に何があるのだろう、人の想念と、
良い空気、良い友人を除けば人生に何がある?

私が信じているのは想念なのですか?
良い空気、私の唯一の友人、believe

Believeこそが愛にみちた
兄弟であるだろう、believeこそ友人だろう、

私の唯一の友人である良い空気以上に
友好的な、哀れな青ざめた、哀れな青ざめたギター......

(Wallace Stevens, The Man With the Blue Guitar)