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The Jasmine Lightness
Poetry in translation
Monday, 31 December 2007
両キャロライナで(ウォレス・スティーヴンズ)
ライラックが両キャロライナでしおれる。
すでに蝶たちが小屋の上をひらひら飛んでいる。
すでに生まれたばかりの子供たちが愛を解釈している
その母親たちの声で。
時なき母よ、
あなたのアスピックの乳首が
いまだけこうして蜜を垂らすとはどういうことですか?
「松の木が私の体を甘くする
白いアイリスが私を美しくする」
(Wallace Stevens, In the Carolinas)
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詩の翻訳のブログです。気が向いたとき、ひとときの別の時間を味わってみてください。タイトルはウィリアム・カルロス・ウィリアムズの詩 "To a Solitary Disciple" の末尾のフレーズ からとりました。詩とは何かについては、わが心の友人に代弁してもらうことにします。「そのものに名前はない/笑いと嗚咽のあいだにあって/私たちの内部で動く、/それはわれわれ自身から引き出すしかなく/それは、/私たちの年月のダイアモンド/死んだ樹木の眠りの果てに/白い紙片にやがて星座として輝く。」(ミシェル・レリス「詩?」)2007年12月28日からの1年間は毎日ひとつのペースで更新していました。今年はちょっとのんびり、ときどき更新ということで。
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