Tuesday 30 December 2008

雨の中の家(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

雨だ、またオリーヴの林に雨が降る。
なぜこの午後降るのかがわからない
私の母はすでに去ってしまったのに、
もうベランダに出て雨が落ちるのを見ることもない、
もう編物をする手もとから目を上げることもない、
こうたずねるために。「聞こえるかい?」
聞こえるよ、母さん、また雨だね、
雨が母さんの顔に降っている。

(Eugénio de Andrade, Casa na chuva)

地中海(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

ホイットマンの詩の中でのようにひとりの少年が
近づいてきて私にたずねた。草って何?
彼のまなざしと私のまなざしのあいだで空気が痛みを感じた。
他の多くの午後の陰で、私は彼に語った
地面のそばにいる蜜蜂や矢車菊のことを。

(Eugénio de Andrade, Mediterrâneo)

ケルキラ(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

まるでただ愛撫された肩だけがもつ
リネンの香りのように
土地は白い。

そして裸。

(Eugénio de Andrade, Kerkira)

Monday 29 December 2008

もう少しで見えそうだ、夏が(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

もう少しで見えそうだ、夏が。
壁の上のぱきぱきとした光、
いまにも折れようとしている小麦の茎、
記憶の廃墟で、
おそらく迷子の一匹のミツバチ、
それは海へと開かれた日。

(Eugénio de Andrade, Quase se vê daqui, o verão)

こわがらなくていいからまかせてくれ(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

こわがらなくていいからまかせてくれ
きみの朝の小さな仕事を。
雲はそのままにして、
屋根の燃える埃も、
テーブルの孤独の槌音も。
私の邦は六月と九月のあいだ、
最初の雪が私を呼び止めるまで。

(Eugénio de Andrade, Podes confiar-me sem receio)

Sunday 28 December 2008

歌(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

今日はきみに告げようとやってきたのさ
きみを待つあのおなじみの顔に雪が降ったと。
何でもないさ、恋人よ、それは一羽の小鳥、
時の貝殻が落ちただけなのだから、
ひとしずくの涙、小舟、ひとつの単語が。

ただまた一日が過ぎただけ
孤独の弓と弓のあいだを。
きみの両目の曲線が閉ざされて、
夜露のひとしずく、ただひとしずくが、
きみの掌でひそやかに死んでゆく。

(Eugénio de Andrade, Canção)

さようなら(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

まるでひとつの嵐がきみの髪を暗くしたように、
あるいはそういったほうが良ければ、
きみの目の中のぼくの口が、
花ときみの指をくわえているかのように。

まるでひとりの盲目の子が
きみの中でつまづいているように、
ぼくは雪で話し、きみは黙らせた
きみとともにぼくが自分を見失った、その声を。

まるで夜が来てきみを連れ去ったように、
ぼくはもう飢え以外の何も感じられず、
きみにさようならといった、もはや二度と
きみの体が始めた国に戻ることなどないかのように。

まるで雲の上に雲があるかのように、
そして雲の上には完璧な海が、
あるいはそういったほうが良ければ、きみの輝く口が
ぼくの胸をゆったりと航海しているかのように。

(Eugénio de Andrade, Adeus)

Saturday 27 December 2008

ざわめき(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

目が覚めたのは
羽のざわめきのせい。
おそらくこの午後が
飛び立ちたいと願っているのだろう。

地面から立ち上がるのは
生きている何か、
それは私に与えられなかった
赦しのようだ。

おそらく何もない。
あるいはただ閉ざされた
午後のひとつのまなざし
それが鳥。

だがそれは飛べない、飛ばない。

(Eugénio de Andrade, Rumor)

Friday 26 December 2008

四月(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

朝が遊んでいる、幸福に、無防備に、
ただ朝だけがそんな風に遊べるように、
この道のずっと先のカーヴで、
そこはジプシーたちが歌いながら通り過ぎるところ。

四月は松林の中を自由に進んでゆく
薔薇と発情を戴冠し、
そして突然の跳躍のうちに、何の兆しもないまま、
しゅっと音を立てて青空を引き裂く。

植物の目をした子供が現われる、
驚きと快活さをたたえ、
そしてはるか先のカーヴに石を投げる、
ーーーそこはジプシーたちの声が失われてゆくところ。

(Eugénio de Andrade, Abril)

Thursday 25 December 2008

お金のない恋人たち(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

通り行く人々に、きっぱり顔を上げていた。
数々の伝説と神話と
冷たさを心にもっていた。
月が水と手をつないで歩く
庭をもっていた
石像の天使が兄弟。

誰でもそうであるように
屋根からしたたり落ちる
毎日の奇跡をもっていた。
その黄金の目では
突拍子もなくさまよう
夢が燃えていた。

獣のように渇き飢えていた
そして沈黙が
かれらの足跡をとりまいていた。
けれども二人のすべての仕草ごとに
かれらの指からは一羽の小鳥が生まれ
まばゆく輝きながら私たちの空へと去ってゆくのだ。

(Eugénio de Andrade, Os amantes sem dinheiro)

ノクターン(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

蛙たちの鳴き声だけが
夜がその胸に抱くメロディー
ーーー歌詞はただ湿地と
腐った葦たち
何ということもなく、月光のまわりで。

(Eugénio de Andrade, Nocturno)

花咲く桜へ(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

目を覚まし、四月の朝に
この桜の白さそのものとなること。
葉から根まで輝きにみちて、
詩を作り、あるいはただ花咲くこと。

両腕をひろげ、枝のうちに集めよう
風を、光を、あるいは何でもいい。
時を感じ、繊維ごとに、
一本の桜の木の心臓を編み上げてゆくこと。

(Eugénio de Andrade, A uma cerejeira em flor)

Wednesday 24 December 2008

グリーン・ゴッド(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

日没のときの泉のような
優美さをもっていた。
流れながら川岸と
おだやかな争いをつづける
川のような体をもっていた。

立ち止まる時間などなく
通り過ぎる者のように歩いていた。
足跡からは草が生え、
空中へとさしのべると
腕からは太い枝が伸びた。

踊る人のように微笑んでいた。
踊るにつれてその体からは
葉が落ちて、彼を震わせた
そのリズムは神々が使うものに
ちがいないと彼は知っていた。

そして歩みつづけた、
なぜなら彼は通過する神だったから。
目に見えるすべてと無縁に、
みずから吹く笛のメロディーと
ひとつに絡み合って。


(Eugénio de Andrade, Green God)

きみのために薔薇を創った(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

きみのために薔薇を創った。
きみのためにそれに香りを与えた。
きみのために小川を刻み
ザクロには炎の色を与えた。

きみのために空に月を置き
もっとも緑の緑を松林に与えた。
きみのために私は地面に横たわり
動物のように体を開いた。

(Eugénio de Andrade, Foi para ti que criei as rosas)

果実(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

こんな風であってほしい、詩は
光に震え、土でざらざらして、
水と風のざわめきにみちて。

(Eugénio de Andrade, Os frutos)

Monday 22 December 2008

通り過ぎるエロス(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)


朝の呼びかけが花のあいだにまぎれてゆく。
それは熱でなければ鳥。


水の味によって私は知る
夏のやさしさと脇腹を。


ひとつの身体が裸で輝いているのは
欲望が砂浜にすっくと立ち光の中で踊るため。


記憶のざわめく水の中で
いまきみとともに生まれたところだ。


風が硬い光によって茎を傾ける。
地面は近く、そして熟している。

(Eugénio de Andrade, Eros de passagem)

結晶化(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)


私は言葉を使って愛する。


薔薇のように体を傾けるのは
風が吹くときだけにしてくれ。


服の脱ぐのは
朝の貝殻の中の
夜露のように。


愛しなさい
川が最後の数段をのぼり
河床に出会うように。


いったい花開くことなどできるだろうか
これほどの光の重さの下で?


私は通過するだけ。
はかないものを愛する。


そこで死にたいと私が思う場所は
そのときもまだ朝だろうか?

(Eugénio de Andrade, Cristalizações)

夏の到来のための短調のソネット(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

ほら、夏はなんて
すばやくやってくるのだろう、
黄褐色をした子馬たちとともに、
小さな歯とともに、

数多くの、長い
石灰の街路とともに、
裸の壁、
金属の光、

そのきわめて純粋な投げ槍が
地面に突き刺さり、
蛇は目を覚ます
硬い沈黙の中で----

ほら、こんな風にして
夏は詩の中に入ってくるんだ。

(Eugénio de Andrade, Soneto menor à chegada do verão)

Sunday 21 December 2008

耳もとで(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

もう少しだけいて、話して
夏の最後の炎にむかって
開かれた輝く

大地を。きみはその
渇きを知っている、息づかいを知っている。
もう少しだけ、夕方の

微風のように、ごく小さな手で
撫でてやってほしい
夜の底に

朝から名残っているものを。埃を
そして地面に撒かれた時の
澱に飛び立たせる風の

軽い小舟のことを語ってほしい。
大地は良い。私の耳もとで
もういちどそうささやいてください。

(Eugénio de Andrade, Ao ouvido)

Friday 12 December 2008

伝説 IV (スティーヴン・クレイン)

ひとりの戦士が山頂に立ち星々に挑んでいた。
たまたまそこにいた小さなカササギが、兵士の
羽飾りを欲しがり、引っこ抜いた。

(Stephen Crane, Legends IV)

伝説 III (スティーヴン・クレイン)

ある男がいった。「木のくせに!」
木の方も、おなじ軽蔑の口調でいった。「人間のくせに!
おまえが私より偉大なのは、ただ可能性の中だけでのこと」

(Stephen Crane, Legends III)

Thursday 11 December 2008

伝説 II (スティーヴン・クレイン)

自殺者が空にたどりつくと、人々は
 こうたずねた。「なぜ?」
男は答えた。「誰もおれに感心しなかったからさ」

(Stephen Crane, Legends II)

伝説 I (スティーヴン・クレイン)

ある男が、嵐が吹くためのらっぱを作った。
ひとところに集まった風が彼を遠く飛ばした。
この楽器は失敗だと彼はいった。

(Stephen Crane, Legends I)

Monday 8 December 2008

ある精霊が急いだ(スティーヴン・クレイン)

ある精霊が急いだ
夜の空間を横切って。
急ぎつつ、彼は呼んだ。
「神よ! 神よ!」
黒い死がぬかるむ
谷間を抜けて行った。
あいかわらず呼びながら。
「神よ! 神よ!」
そのこだまが
岩の裂け目や洞窟から
彼をからかった。
「神よ! 神よ! 神よ!」
すばやく彼は広々とした野原に出て
進んだ、さらに呼びかけながら。
「神よ! 神よ!」
だがやがて、彼は悲鳴を上げたのだ。
怒り、否認した。
「ああ、神なんているものか!」
すばやい手、
空からの一太刀が、
彼を打ち、
たちまち彼は死んでいた。

(Stephen Crane, "A spirit sped")

Sunday 7 December 2008

死(ウィリアム・バトラー・イェイツ)

恐れもなく希望もない
死んでゆく動物には。
人間は自分の終焉を待つ
すべてを怖れ希望しながら。
何度も彼は死んだ、
何度も復活した。
誇り高き偉大な人は
人殺しどもとの対決に際して
呼吸の停止などは
せせら笑う。
彼は死を知りつくしているのだ----
死は人間の作りごと。

(W.B. Yeats, Death)

Saturday 6 December 2008

ほほえみ、ふたたび(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

きみは去って行った、この詩の
直前の四行のあいだに。
それとも去ったのはきみのほほえみ、なぜなら
きみはいつもきみのほほえみの中に住んでいたから、
葉叢の中の緑色の雨、きみのほほえみ、
脈拍の中の羽ばたき、きみのほほえみ、
そしてこの味わい、この光の熱、
唇の上の、唇が街路をみたす
陽光の噂であるとき、きみのほほえみ。

(Eugénio de Andrade, O sorriso, outra vez)

Friday 5 December 2008

神が天で死んでいた(スティーヴン・クレイン)

神が天で死んでいた。
天使らはおしまいの讃歌を歌った。
紫の風が悲嘆した、
翼から
血を滴らせ
それが地上に落ちた。
それ、嘆くそれは、
黒くなり落ちてしまった。
ついで死んだ罪の
遠い洞窟から
欲望に青ざめた怪物たちがやってきた。
かれらは戦い、
世界という小さな場所で
わめきちらした。
だがすべてのさびしさの中でもっともさびしかったのはこれ、----
ある女の両腕が眠る
ひとりの男の頭を
最終的な野獣の顎から守ろうとしているのだ。

(Stephen Crane, "God lay dead in Heaven")

Thursday 4 December 2008

もし私がこのぼろぼろの上着を脱ぎ捨てて(スティーヴン・クレイン)

もし私がこのぼろぼろの上着を脱ぎ捨てて、
ひろびろとした空へと自由に飛び立つなら。
もしそこで私には何も見つからず
あるのはただ広大な青、
こだまも返さぬ、無知な青だったとしたら、----
それがどうした?

(Stephen Crane, "If I should cast off this tattered coat")

Wednesday 3 December 2008

川について(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

そんな川があるのだ、指のきらめきに
引かれてただちに

唇の閾へと到達する川が

ちょうどある子供たちが
眠り以上のものだとは誰ひとり思ってもいない

死のほとりにたどりつくように

というのはその子らの目の腐食性の物質は
緩慢な波打ちであり盲目でもあるから----

私がきみに語りたかったのは、これ。

(Eugénio de Andrade, Sobre os rios)

Tuesday 2 December 2008

まるで石が(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

まるで石が歌っているかのように
聴いた。人間たちの
手の中で歌っているかのように。
血か鳥のつぶやきは
空中を翔け、石ころのように歌う。
暗い両手の中の
石ころだ。人間の熱により
温められる、
人間の熱意により。まるで
はらわたから喉元まで
こみあげてくる
ごく小さな、命に限りのある
光のように
人間の死すべき
運命。それが石とともに歌うんだ。

(Eugénio de Andrade, Como se a pedra)

歌(エウジェニオ・デ・アンドラーデ)

やってくる、ヴェルレーヌの歌から
雨が
そして誰も、
太陽さえも、
こんなに美しい脚をもってはいない。
口には
夏があり、丘には
船がある。
空気が、すべての街路で空気が、
私とともに踊る。

(Eugénio de Andrade, Canção)