Friday 31 October 2008

365

昨年末にはじめたこの翻訳ブログですが、下記のエントリーをもって365に達しました。もっとも短いものばかりだし、ひとつの長い詩をいくつもの区切りに分けている場合もあるので、作品数としてはそれよりだいぶ少なくなると思います。

ともあれ、深夜の15分間の作業でも、心の状態はずいぶん変わります。自分の言語にとっての生息環境が、がらりとちがって見えることがあります。

これからも、のんびり、続けていこうと思っていますので、よろしく!

伝統よ、おまえは乳飲み子らのものだ(スティーヴン・クレイン)

伝統よ、おまえは乳飲み子らのものだ、
おまえは赤ん坊を元気にするお乳だ、
だが大人むけの肉はおまえにはない。
ところで----
だが、ああ、私たちは全員が赤ん坊。

(Stephen Crane, "Tradition, thou art for suckling children")

Thursday 30 October 2008

おれは暗闇にいた(スティーヴン・クレイン)

おれは暗闇にいた。
自分の言葉も見えなかったし
おれの心の願いも見えなかった。
そこに突然、強烈な光がやってきた----

「おれをまた暗闇に戻してください」

(Stephen Crane, "I was in the darkness")

Wednesday 29 October 2008

風に乗ってささやき声が聞こえた(スティーヴン・クレイン)

風に乗ってささやき声が聞こえた。
「さよなら! さよなら!」
小さな声が暗闇の中で呼んだ。
「さよなら! さよなら!」
それでぼくは両腕を前にさしのべた。
「ちがう----ちがう----」
風に乗ってささやき声が聞こえた。
「さよなら! さよなら!」
小さな声が暗闇の中で呼んだ。
「さよなら! さよなら!」

(Stephen Crane, "There came whisperings in the winds")

おれは砂漠を歩いていた(スティーヴン・クレイン)

おれは砂漠を歩いていた。
そして叫んだ。
「ああ、神よ、私をここから連れ出してください!」
声が聞こえた。「ここは砂漠ではない」
おれは叫んだ。「ええっ、でも----
砂と、熱と、空っぽの地平線」
声が聞こえた。「ここは砂漠ではない」

(Stephen Crane, "I walked in a desert")

Tuesday 28 October 2008

愛がひとりで歩いていた(スティーヴン・クレイン)

愛がひとりで歩いていた。
岩が彼女のやわらかい足を切り、
ノバラが彼女の美しい腕や脚を引き裂いた。
そこに彼女の伴侶がやってきた、
だが、ああ、彼は何の役にも立たなかったのだ、
だって彼の名は「心の痛み」だったから。

(Stephen Crane, "Love walked alone")

Monday 27 October 2008

それで私を愛しているの?(スティーヴン・クレイン)

それで私を愛しているの?

愛している。

あなたは、だったら、冷たい卑怯者。

ああ。でもね、愛しい人、
おれがきみに必死に近づこうとするとき、
人のいろんな意見、千の薮、
織り合わされたおれの存在、
おれの命が、
世界の切り株にからまる
やさしいヴェールのように、----
これがおれを引き止めるのさ。
おれにはどんな奇妙な動きもできない
裂ける音を立てずには。
あえてすることもない。

愛が愛しているなら、
世界(world)なんかないし
言葉(word)もない。
すべてが失われる
愛という考えと
夢見る場所を除けば。
私を愛しているの?

愛している。

あなたは、だったら、冷たい卑怯者。

ああ。でもね、愛しい人、----

(Stephen Crane, "And you love me?")

Sunday 26 October 2008

青白い稲妻が雲のあいまで光った(スティーヴン・クレイン)

青白い稲妻が雲のあいまで光った。
鉛のような雷が炸裂した。
崇拝者がひとり両腕をあげた。
「聞け! 聞け! 神の声だ!」

「ちがうよ」とある男がいった。
「神の声は心にささやきかけるのだ
そっと
それで魂は休らい、
物音を立てず、
あのメロディーを懸命に求めようとする、
遠く、ためいきをつき、あまりにかすかな息のような、
そしてどんな存在もまだ耳にしたことがないメロディーを」

(Stephen Crane, "The livid lightnings flashed in the clouds")

あるとき大洋が私にいった(スティーヴン・クレイン)

あるとき大洋が私にいった。
「見ろ!
あそこの海岸に
女がいるだろう、泣いている。
ずっと彼女を見ていたんだ。
おまえは行って彼女にこう伝えてくれ、----
彼女の恋人はおれが
涼しい緑色のホールに横たえた。
宝物のような黄金の砂があり
珊瑚の赤の柱がある。
二匹の白い魚が彼の棺を守っている、と。

「そう彼女に伝えて
さらにいってくれ、----
海の王もまた
泣いているのだ、老いた、途方にくれた男は。
せわしないいくつもの運命が
彼の両手に屍を積み上げ
やがて彼は手にあまるおもちゃをもらった
子供のように立ちつくす」

(Stephen Crane, "The ocean said to me once")

Saturday 25 October 2008

地平線上に山頂たちが集まった(スティーヴン・クレイン)

地平線上に山頂たちが集まった。
そして私が見ているうちに、
山々の行進がはじまった。
行進しながら、山々は歌った。
「ようし! われらは行くぞ! われらは行くぞ!」

(Stephen Crane, "On the horizon the peaks assembled")

Friday 24 October 2008

私は見者に出会った(スティーヴン・クレイン)

私は見者に出会った。
彼は両手で
英知の書をもっていた。
「すみません」と私は声をかけた、
「読ませてください」
「子供よ----」と彼ははじめた。
「すみません」と私はいった、
「私を子供だと思わないでください、
もうすでに相当知っているのですから
あなたがお持ちの書物を。
ええ、相当に」

彼は微笑んだ。
それからその本を開いて
私の目の前にさしだした。----
すると突然私が盲目になったとは何という奇妙なことだろう。

(Stephen Crane, "I met a seer")

Thursday 23 October 2008

路上で私は「その人」に出会った(スティーヴン・クレイン)

路上で私は「その人」に出会った
彼はやさしい眼で私を見た。
彼はいった、「おまえの売り物を見せてごらん」
私はそうした、
器をひとつさしだして。
彼はいった、「それは罪だ」
私は別のをさしだした。
彼はいった、「それは罪だ」
私は別のをさしだした。
彼はいった、「それは罪だ」
こうして最後のひとつまで。
ずっと彼はいうのだ、「それは罪だ」と。
ついに、私は叫んだ。
「でも、もう他にはありません」
彼は私を見た、
いっそうやさしい眼で。
「かわいそうなやつ」と彼はいった。

(Stephen Crane, "There was One I met upon the road")

Wednesday 22 October 2008

二、三の天使が(スティーヴン・クレイン)

二、三の天使が
地球のそばにやってきた。
かれらは金持ちの教会を見た。
人々が小さな黒い流れとなって
絶えることなくやってきて中に入った。
それで天使たちは困惑し
知りたいと思った、なぜ人々はこんな風に入ってゆき、
あんなにも長く中に留まっているのかを。

(Stephen Crane, "Two or three angels")

多くの職人が(スティーヴン・クレイン)

多くの職人が
山上に
石で巨大な球を作った。
それからかれらは谷間に下り、
ふりかえってかれらの作品を見上げた。
「立派なもんだ」とかれらはいった。
そいつが気に入ったのだ。

突然、それは動いた。
すみやかにかれらの上に落ちてきた。
かれら全員を潰し、血まみれにした。
だが何人かは悲鳴をあげることができた。

(Stephen Crane, "Many workmen")

Monday 20 October 2008

おれにその勇気があると仮定しよう(スティーヴン・クレイン)

おれにその勇気があると仮定しよう
美徳の赤い刃を
おれの心臓に刺し、
地面の草にむかって
おれの罪深い血を滴らせるなら、
きみはおれに何をくれる?
庭園つきの城か?
花咲く王国か?

何だって? 希望ですか?
だったらきみの美徳の赤い刃をもって去れよ。

(Stephen Crane, "Supposing that I should have the courage")

Sunday 19 October 2008

見よ、より遠い太陽をもつ土地から(スティーヴン・クレイン)

見よ、より遠い太陽をもつ土地から
私は帰ってきた。
私がいたのは爬虫類がうごめく場所で、
さもなければしかめ面ばかりが住んでいて、
はるかな上方にて黒い不可知におおわれているのだった。
私は縮み上がった、それに
気分が悪くなり、さんざん毒づきながら。
それから私は彼にいった。
「これはどういうことだ?」
彼はゆっくりと答えた。
「霊よ、これは一個の世界だ。
ここがおまえの家だった」

(Stephen Crane, "Behold, from the land of the farther suns")

「真実とは」とある旅人がいった(スティーヴン・クレイン)

「真実とは」とある旅人がいった、
「岩だ、堅牢な砦だ。
私はしばしばそこに行き、
そのもっとも高い塔にも上った、
そこからは世界が闇だと見えた」

「真実とは」とある旅人がいった、
「息だ、風だ、
影だ、幽霊だ。
長いあいだ私はそれを追ったが、
その衣服の裾にさえ
さわったことがない」

そして私は二人目の旅人を信じた。
なぜなら真実とは私にとって
息、風、
影、幽霊であり、
その衣服の裾にさえ
私はさわったことがなかったから。

(Stephen Crane, "'Truth,' said a traveller")

Friday 17 October 2008

輝く服をまとった若者が(スティーヴン・クレイン)

輝く服をまとった若者が
暗い森を歩きに行った。
そこで彼が会ったのは
どうにも古くさい格好の人殺し。
この男は顔をしかめて薮をわたり、
短刀の切っ先を宙にふるわせて、
若者に襲いかかった。
「ちょっとすみません」と若者はいった、
「すばらしい気分です、信じてください、
こんな風に死ぬなんて、
こんなに中世風に、
どんな伝説にもひけをとらないかたちで。
ああ、なんというよろこび!」
それから傷をうけた、微笑みながら、
そして死んだ、満足して。

(Stephen Crane, "A youth in apparel that glittered")

私の前にはきつい丘があった(スティーヴン・クレイン)

私の前にはきつい丘があった、
何日もかけて私は上った
雪の地帯を。
目の前に頂上からの風景がひろがったとき、
こんな風に思われたのだ、私の苦労は
ありえないほど遠くに横たわる
あれらの庭を眺めるためのものだったと。

(Stephen Crane, "There was set before me a mighty hill")

見よ、厭な男の墓を(スティーヴン・クレイン)

見よ、厭な男の墓を、
そのそばには、いかめしい精霊ひとり。

そこに打ちひしがれた乙女がすみれの束をもってきた、
だが精霊が彼女の腕を摑んだ。
「彼は花には値しない」と彼はいった。
乙女は泣いた。
「ああ、彼を愛していました」
だが精霊は、険しいしかめ面をして
「彼は花には値しない」

さて、いいたいのはこういうこと----
もし精霊のいうことが正しいなら、
なぜ乙女は泣いたんだ?

(Stephen Crane, "Behold, the grave of a wicked man")

Tuesday 14 October 2008

私は地平線を追いかける男を見た(スティーヴン・クレイン)

私は地平線を追いかける男を見た。
ぐるぐると、両者はかけめぐっていた。
私にはこれが気に入らなかった。
それで男に話しかけた。
「むだなことをやってるなあ」と私はいった。
「どんなにがんばったってけっして---」

「嘘つきめ」と彼は叫び、
また走っていった。

(Stephen Crane, "I saw a man pursuing the horizon")

Monday 13 October 2008

星々のあいまの場所よ(スティーヴン・クレイン)

星々のあいまの場所よ、
太陽のそばのやわらかい庭よ、
きみたちは遠い美を保っていてくれ。
おれの弱い心臓に光を投げかけないで。
なぜなら彼女がここに
黒の場所にいるからには、
きみの黄金の日も
きみの銀の夜も
おれを呼び寄せることはできないから。
彼女がここに
黒の場所にいる以上、
ここにおれは留まり、待つ。

(Stephen Crane, "Places among the stars")

Sunday 12 October 2008

かつて私は山々が怒っているのを見た(スティーヴン・クレイン)

かつて私は山々が怒っているのを見た、
そして戦列を組んでいるのを。
かれらに相対しているのはひとりの小さな男。
あい、彼は私の指ほどの大きさしかなかった。
「彼は勝つだろうか?」
「もちろんさ」とこの男はいった。
「祖父たちはかれらを何度も負かしてきたのだ」
それで私は祖父たちの大きな美徳を知った----
少なくとも、山々に対抗しようとする
その小さな男にとっての。

(Stephen Crane, "Once I saw mountains angry")

Saturday 11 October 2008

私の前にはあった(スティーヴン・クレイン)

私の前にはあった、
何マイルも何マイルも
雪、氷、燃える砂が。
それなのに私にはこうしたすべてを超えて、
無限の美の場所を見やることができた。
そして私には木々の陰を歩む
彼女の愛らしさが見えた。
私が見つめると、
すべては失われた
この美しい場所と彼女を除いて。
私が見つめると、
そしてまなざしのうちに、欲望すると、
ふたたびやってきたのは
何マイルも何マイルもの
雪、氷、燃える砂。

(Stephen Crane, "There was, before me")

ある学者があるとき私を訪れた(スティーヴン・クレイン)

ある学者があるとき私を訪れた。
彼はいった。「私は道を知っている----来なさい」
私はこれに大喜びした。
私たちは一緒に急いだ。
ただちに、あまりにも早く、私たちは
私の両目が役に立たないところにやってきて、
私はもう自分の両足が踏む道を知らなかった。
私は友人の手にしがみついた。
だがついに彼は叫んだのだ。「道に迷ってしまいました」

(Stephen Crane, "A learned man came to me once")

怒ったある神が(スティーヴン・クレイン)

怒ったある神が
ひとりの男を打っていた。
地球上のいたるところに
轟きわたる打撃で
彼をぴしゃりと打ちすえていたのだ。
すべての人々が駆け寄ってきた。
男は悲鳴をあげ、もがき、
神の足に狂ったように噛みついた。
人々は叫んだ。
「ああ、なんて性根の悪い男だ!」
そして----
「ああ、なんと畏怖すべき神さまでしょう!」

(Stephen Crane, "A god in wrath")

天国で(スティーヴン・クレイン)

天国で、
小さな草の葉が何枚か
神の前に立っていた。
「おまえは何をした?」
すると一枚を除いてすべての小さな草の葉たちは
熱心に話をはじめた
自分の人生の手柄について。
一枚は少しだけうしろにいた、
恥じ入って。
やがて、神はいった。
「そしておまえは何をした?」
小さな葉は答えた。「おお、主よ、
記憶は私には苦いです、
だって、たとえ少しはいいことをしたとしても、
私は覚えていません」
すると神は、その光輝のすべてをもって、
その玉座から立ち上がった。
「おお、立派な小さな草の葉!」と神はいった。

(Stephen Crane, "In Heaven")

Tuesday 7 October 2008

体を寄せ合い行進する数多くの者たちがいた(スティーヴン・クレイン)

体を寄せ合い行進する数多くの者たちがいた、
どこに向かっているのかは知らなかった。
しかし、いずれにせよ、成功であろうと災厄であろうと
やがてかれら全員に平等に降りかかるだろう。

新しい道を求めた者が、ひとりいた。
彼は恐ろしい茂みへと入ってゆき、
最後にはそのまま死んだ、ひとりで。
だが人々は彼には勇気があったといった。

(Stephen Crane, "There were many who went into huddled procession")

Monday 6 October 2008

慈善よ、きみは嘘だ(スティーヴン・クレイン)

慈善よ、きみは嘘だ、
女たちのおもちゃだ、
ある種の男たちのよろこびだ。
正義があるところでは、
見よ、寺院の壁が
目に見えるものとなる
突然の影が作るきみのかたちを透かして。

(Stephen Crane, "Charity, thou art a lie")

Saturday 4 October 2008

「戦場での勇敢な行動のことを話してくれよ」(スティーヴン・クレイン)

「戦場での勇敢な行動のことを話してくれよ」

するとかれらはいろんな話をしてくれた。
「毅然として守り抜いたこともあったし
栄光のために苦しい思いで戦ったことも」

ああ、もっと勇敢な行動があったにちがいないと私は思う。

(Stephen Crane, "Tell brave deeds of war")

Friday 3 October 2008

戦争で真紅に染まった闘いがあった(スティーヴン・クレイン)

戦争で真紅に染まった闘いがあった。
土地は黒く剥き出しになった。
女たちは泣いた。
子供らは走った、どうしたのかなと思いながら。
こうした事態を理解できない人間がひとりやってきた。
彼はいった、「なんでこんなことが?」
それに百万人が答えようと殺到した。
舌たちがひどく錯綜したどよめきをあげたので、
その理由は結局わからずじまい。

(Stephen Crane, "There was crimson clash of war")

Thursday 2 October 2008

私の卑小な人生に目撃者がいたなら(スティーヴン・クレイン)

私の卑小な人生に目撃者がいたならば、
私のちっぽけな苦しみやもがきに、
彼は馬鹿者を見ることになる。
しかし神々が馬鹿者どもを脅すというのは良くないんじゃないかい。

(Stephen Crane, "If there is a witness to my little life")

「そして父たちの罪は」(スティーヴン・クレイン)

「そして父たちの罪は子供たちの頭に現れる、私を憎む三世代、四世代後の者にすら。」

そうか、だったら、私は汝を憎むよ、徳を欠いた肖像画よ、
邪悪な似姿よ、私は汝を憎む。
だから、汝も復讐しろよ
盲目に近づいてくる、あの
小人たちの頭を打てよ。
そうするのが勇敢なことさ。

(Stephen Crane, "And the sins of the fathers...")

Wednesday 1 October 2008

あるさびしい場所で(スティーヴン・クレイン)

あるさびしい場所で、
私はひとりの賢者に出会った、
腰を下ろし、じっとしたまま、
彼は新聞を見つめていた。
彼は私に話しかけた、
「これはいったい何でしょうかな?」
それで私は自分のほうが、この賢者よりも偉大、
そう、より偉大なのだと知った。
私はただちに彼に答えた。
「ご老人、ご老人、これは時代の英知というものですよ」
賢者は賞讃の目で私を見上げた。

(Stephen Crane, "In a lonely place")