Monday 30 June 2008

巻貝の殻(ロルカ)

  ナタリータ・ヒメネスに

 貝殻をひとつもらった。

 中で歌っているのは
地図の海。
私の心臓は
影と銀でできた
小さな魚たちで
いっぱいになる。

 貝殻をひとつもらって。

(Federico García Lorca, Caracola)

セビーリャの小唄(ロルカ)

  ソリータ・サリーナスに

 夜が明けた
オレンジ畑で。
黄金のミツバチが
蜜を探していた。

 いったい蜜は
どこにあるんだろう?

 青い花の中だよ、
イサベル。
花の中さ、
あのローズマリーの。

 (黄金の小さな椅子は
モーロ人のために。
真鍮の椅子は
妻のために。)

 夜が明けた
オレンジ畑で。

(Federico García Lorca, Cancioncilla sevillana)

Sunday 29 June 2008

序曲(ロルカ)

 並木道が去ってゆく、
でもその反映を残してゆく。

 並木道が去ってゆく、
でも風を残してゆく。

 風は屍衣をまとっている
空の下、いっぱいに。

 でも川の上に残していった
そのこだまが漂っている。

 蛍たちの世界が
私の思い出に侵入した。

 そしてちっぽけな心臓がひとつ
私の指から発芽する。

(Federico García Lorca, Preludio)


 

最初の欲望の小唄(ロルカ)

 緑の朝、
私は心臓になりたかった。
心臓に。

 熟した午後、
私はナイチンゲールになりたかった。
ナイチンゲールに。

 (魂よ、
オレンジ色になりなさい。
魂よ、
愛の色に。)

 潑溂とした朝、
私は私になりたかった。
心臓。

 失墜の午後、
私は自分の声になりたかった。
ナイチンゲール。

 魂!
オレンジ色になりなさい。
魂よ、
愛の色に!

(Federico García Lorca, Cancioncilla del primer deseo)


 

Saturday 28 June 2008

髪(トマス・ハーディ)

 「空気が湿っていると
私の巻き毛はだらりと垂れたわ
かれらが首筋や背中にキスしても
私があのお気に入りの
 塩の風が吹く小径を歩いているときに。

 「空気が乾いていると
髪はしゃきっとし固く巻いていた
太陽の光の中を私が行くとき
そして私自身は太陽よりも
 潑溂としていた。

 「いま私は老いた。
そして娘のころもっていたような
かわいい巻き毛はもうない
湿気によりほどけたり
 太陽により巻いたりする髪が!」

(Thomas Hardy, The Tresses)

午前四時(トマス・ハーディ)

六月のきょう四時に私は起きる。
夜明けの光が着実に強くなる。
大地は青い神秘で、
まるで天国から遠くないと思える
          午前四時には、

あるいはあの大星雲のそばに、
あるいはプレアデスが瞬きほほえむところに、
(というのも日中の事物のおぞましい笑顔は
私たちは陰険な目で見るのだが
          午前四時には

事物も最高の姿を見せるのだ。)...この谷間では
私がもっとも早く起きたと思う。だが、ちがうな、
口笛か? それとも大鎌が規則的な
息切れのような音を立ててふりまわされているのか、
          午前四時に?

ーーよろこびが掻き立てられたが、私は焦りとともに起き上がった。
やみくもに笞をふりまわし、自分の人生の義務を
無頓着かつ無造作に断固として果たそうと
彼は働いているじゃないか
          午前四時に!

(Thomas Hardy, Four in the Morning)

Wednesday 25 June 2008

薔薇の花環のソネット(ロルカ)

 その花環を! 早く! 私は死んでしまうよ!
早く編んで! 歌って! うめいて! 歌って!
影が私ののどを濁らせる
そしてまた何度も千度でも一月の光がやってくる。

 きみの私に対する愛と私のきみに対する愛のあいだに、
星々の大気と植物の震え、
アネモネの茂みが一年をまるごと
持ち上げる、暗いうめき声を立てながら。

 私の傷の新鮮な風景を楽しんで、
イグサと繊細な水路を開いて、
蜜の腿にこぼれた血を飲んで。

 でも、早く! むすばれ、絡み合い、
愛に割れた口とかみ傷を負った魂をもち
くたくたになった私たちが「時」に見つかるように。

(Federico García Lorca, Soneto de la guirnalda de rosas)
 

Monday 23 June 2008

白いサテュロス(ロルカ)

不滅の水仙の上で
白いサテュロスが眠っていた。

巨大な水晶の角二本で
彼の幅広い額は乙女のように見えた。
打ち負かされた龍のような太陽が
彼の巨大な乙女の手を舐めていた。

愛の川に浮かんで
死んだ妖精たちがたくさん流れていった。
サテュロスの心臓は風の中で
老いた嵐にさらされていた。

地面に置かれたパンの笛は泉
それは七つの青ガラスの管でできている。

(Federico García LOrca, El sátiro blanco)

大通り(ロルカ)

白い理論たちが
眼帯をつけたまま
森で踊っていた。

白鳥のようにゆっくり
夾竹桃のように苦く。

かれらは通った
人の目には見えぬまま、
ちょうど夜
川たちが人知れず通過するように、
沈黙の中を
新しい独自の噂が通るように。

理論のひとりは彼女の古代風の白衣に
灰色のまなざしを隠している
だがそれは瀕死のまなざし。
     他の誰かは
長い枝をゆらす
混乱した言葉の枝を。
彼女らは生きていないが生き生きとしている。
エクスタシーの森を抜けてゆくのだ。
夢遊病者たちの群れ!
(白鳥のようにゆっくり
夾竹桃のように苦く。)

乙女たちが残してゆくのは
まなざしを欠いた心の香り。
空気はそれに無関心のままだ
百の花弁をもつ白いカメリアのように。

(Federico García Lorca, Avenida)

Sunday 22 June 2008

庭(ロルカ)

それは生まれたことなんかなかった、けっして!
けれども湧き出すことができた。

一秒ごとに
深まり、新しくなった。

一秒ごとに
新しい小径が開かれて。

こっちだ! あっちだ!
私の体は分裂して進む。

村々を横切るのか
海でねむるのか。

すべては開かれているよ! 錠前には
すべて鍵がある。
けれども太陽と月は
私たちを失い、まどわす。
そして私たちの足下では
道がこんがらがる。

ここで私は見つめる
私がそうでありえたすべてを。
神とか乞食とか
水とか古いヒナギクとか。

私のたくさんの
軽く染められた小径は
私の身体のまわりで
巨大な薔薇を作る。

不可能な地図のように、
可能なるものの庭がある。
一秒ごとに
深まり、新しくなるのだ。

それは生まれたことなんかなかった、けっして!
けれども湧き出すことができた。

(Federico García Lorca, El jardín)

水を浴びてみずからを賞讃する老人たち(W・B・イェイツ)

私は聞いた、ひどく老いた男たちがいうのを、
「すべては変化する、
そしてひとりまたひとりと我々は滴り落ちて去る」
かれらは鉤爪のような両手をし、膝は
水辺の古いイバラのように
ねじれていた。
私は聞いた、ひどく老いた男たちがいうのを、
「すべての美しいものは流れ去ってゆくよ
水のごとく。」

(W.B.Yeats, The Old Men Admiring Themselves in the Water)

七つの森で(W・B・イェイツ)

私は七つの森の鳩たちを聞いた
かれらの弱々しい雷鳴を、そして庭の蜂たちが
ライムの花の中で羽音のうなりを上げ、心を
空っぽにする古くて苦い思いの無益な
叫びを忘れさせてくれるのを。私はしばらくの間
故国を追われたタラを忘れ、王位についた
新たな民衆が街路で叫び
柱から柱へと紙の花をかけているのを忘れた、
あらゆる事物のうちでよろこんでいるのはかれらだけ。
私はこれに甘んじているのだ、なぜならあの「しずかな人」
が笑いながらさまよい、彼女の野生の心臓を
鳩や蜂に囲まれつつ食っているのを知っているから。
そして自分が射る番を待つばかりの「偉大な弓使い」が
いまなおペアクナリーの上に
曇った震えを架けているから。

(W.B. Yeats, In the Seven Woods)

彼は天の布を願っている(W・B・イェイツ)

もしおれが天の刺繍のある布をもっていたなら、
金銀の光で作られたやつさ、
夜と光とうすやみの
青と薄暮と黒でできた布だ、
おれはその布をきみの足元にひろげるよ。
だがおれという貧乏人には夢想しかないのだ。
おれは数々の夢ばかりをきみの足元にひろげた。
そっと踏んでくれよ、きみが踏むのはおれの夢なのだから。

(W.B.Yeats, He wishes for the Cloths of Heaven)

恋人が死んでいればよかったのにと彼は願っている(W・B・イェイツ)

きみが死んで冷たく横たわっていてくれたなら、
そして光がいくつも西の空に弱く灯りゆき
きみがここに来て、すっかりうなだれ、
ぼくはきみの乳房に頭を寝かせて。
きみはやさしい言葉をつぶやくのだ、
ぼくを赦して、なぜならきみは死んでいるから。
きみは立ち上りさっさと立ち去ることもしない、
野鳥の意志をもつきみではあるが、
だがきみ自身の髪が星々と
月と太陽にむすばれ絡みついていることは忘れない。
おお、もしきみが、恋人よ
地表の雑草の下に横たわっていてくれたなら、
星々の光が弱く、ひとつまたひとつと灯るとき。

(W.B.Yeats, He wishes his Beloved were Dead)

Saturday 21 June 2008

(コン、コン)(ロルカ)

コン、コン。
誰?
秋です、また来ましたよ。
私から何を?
きみのこめかみの冷たさ。
おまえにはやらないよ。
だったら取り上げますよ。
コン、コン。
誰?
秋です、また来ましたよ。

(Federico García Lorca, *)

オメガ(死者たちのための詩)(ロルカ)

草。

私は右手を切り落としてしまおう。
待ってて下さい。

草。

私の手袋の一つは水銀、もう一つは絹。
待っててください。

草!

彫像たちはすべて倒れた
大いなる扉が開くとき。

草ぁぁぁ!

(Federico García Lorca, Omega: Poema para muertos)

Thursday 19 June 2008

ルシア・マルティネス(ロルカ)

 ルシア・マルティネス。
赤い絹をまとい影みたいに。

 きみの太腿は夕方とおなじく
光から陰にむかう。
隠された黒炭が
きみのマグノリアを暗くする。

 私は来たよ、ルシア・マルティネス。
来たのはきみの唇をむさぼるため
そして貝殻の夜明けに
きみの髪をつかんで引きずりまわすため。

 なぜならきみを欲望し、またそうすることができるから。
赤い絹をまとった影みたいなきみを。

(Federico García Lorca, Lucía Martínez)

食堂でのどっきり(ロルカ)

 きみは薔薇色だった。
レモン色を帯びるようになった。

 きみを脅かすようにさえ見える私の手に
きみはどんな意図を見たのでしょう?

 私は緑のりんごが欲しかった。
薔薇色になったりんごではなく......。

レモン色を帯びたのでもなく......。

(午後に眠る鶴が、
片方の足を地面に下ろした。)

(Federico García Lorca, Susto en el comedor)

別れのことば(ロルカ)

 私が死ぬとき、
バルコニーは開けたままにして。

 少年がオレンジを食べている。
(私のバルコニーから彼が見える。)

 刈り手が小麦を刈っている。
(私のバルコニーからそれが感じられる。)

 私が死ぬとき、
バルコニーは開けたままにして!

(Federico García Lorca, Despedida)

婚約(ロルカ)

 その指輪は
水に捨てなさい。

 (影がその指を
私の肩に押しつけている。)

 その指輪は捨てなさい。私は
百歳を超えている。しずかに!
 何も聞かないで!

 その指輪を
水に捨てなさい。

(Federico García Lorca, Desposorio)

Monday 16 June 2008

「私はブラックバードを見ていた」(トマス・ハーディ)

私は芽吹くシカモアに止まる一羽のブラックバードを見ていた
ある年の復活祭の日、樹液が小枝を芯まで目覚めさせる時期。
 私は彼の舌と、クロッカス色のくちばしを見た
 彼がさえずるにつれて開いたり閉じたりするのを。
 それから彼は飛び降りて、干し草の一本をつかみ、
ついで彼自身の建築が進行中のところまで上がって行った、
これほど確実な巣が小枝の上に作られたことなどなかったというように。

(Thomas Hardy, "I Watched a Blackbird")

Tuesday 10 June 2008

不快と夜(ロルカ)

 蜂食い鳥。
きみの暗い木の中に。
どもる空と
口ごもる空気の夜。

 三人の酔っ払いが
酒と喪の仕草を永遠化する。
鉛の星が
片足で回っている。
        蜂食い鳥。
きみの暗い木の中に。

 分の花環によって
抑圧されたこめかみの痛み。
それで、きみの沈黙は? 三人の
酔っ払いが裸で歌っている。
生(き)の絹の返し縫い
きみの歌。
    蜂食い鳥。
ウコ、ウコ、ウコ、ウコ。
           蜂食い鳥。

(Federico García Lorca, Malestar y noche)

Monday 9 June 2008

展望(ロルカ)

私の目の中で
難解きわまりない歌が開く
けっして開花することのない
種子の歌。

誰もが非現実の
しかし明瞭な終わりを夢見ている。
(小麦は巨大な
黄色い花を夢見ている。)

誰もが影の
奇妙な冒険を夢見ている。
近づきえない果実と
飼いならされた風。

誰もお互いを知らない。
盲目で、脱線して。
永遠に閉じこめられたままの
香りが人々を苦しめる。

種のひとつひとつが
系統樹を考えている
その新芽や房により
空のすべてをおおう樹木を。

空中には信じがたい植生が
どこまでも広がっている。
黒く大きな枝と
灰の色をした薔薇。

花々や枝により
ほとんど溺れかけた月が
銀の蛸のように
その光線で身を守っている。

私の目の中で
難解きわまりない歌が開く
けっして開花することのない
種子の歌。

(Federico García Lorca, Perspectiva)

Saturday 7 June 2008

四阿(ロルカ)

不動の噴水の上で
死んだ大きな鳥が眠っている。

恋人ふたりが口づけをかわす
夢の冷たい結晶のあいだで。

「指輪、指輪をちょうだい!」
「自分の指がどこにあるのかわからない」
「抱いてくれないの?」
「腕は冷たい十字に組んだまま
ベッドに置いてきた」

葉叢のあいまを這ってゆくのは
老いた月の光

(Federico García Lorca, Glorieta)

Friday 6 June 2008

フアン・ラモン・ヒメネス(ロルカ)

 無限の白の中、
雪、カンショウ、塩の平原で、
彼は自分の幻想を見失った。

 白という色が行く、
鳩の羽の
無言の絨毯の上を。

 目を欠き身振りもなく
じっとして彼は夢に苦しんでいる。
でも内部は震えているのだ。

 無限の白の中、
なんという純粋で大きな傷口を
彼の幻想は残していったことか!

 無限の白の中。
雪。カンショウ。塩の平原。

(Federico García Lorca, Juan Ramón Jiménez)

Thursday 5 June 2008

ヨーロッパにおける中国の歌(ロルカ)

 私の名付け子であるイサベル・クララに

 扇をもった
セニョリータが、
冷たい川の
橋にむかう。

 フロックコートを着た
男たちが、
手すりのない橋を
見つめている。

 扇をもち
フリルをつけた
セニョリータが、
夫を探している。

 男たちは
みんな結婚している、
白い言葉を話す
背の高い金髪の女たちと。

 西のほうでは
コオロギが歌っている。

 (セニョリータは
緑の中を歩いている。)

 花の下で
コオロギが歌っている。

 (男たちは
北にむかって行く。)

(Federico García Lorca, Canción china en Europa)


 

Wednesday 4 June 2008

自殺(ロルカ)

 (たぶんそれはきみが
 幾何学をちゃんと知らなかったから)

 若者は自分を忘れた。
朝の十時だった。

 彼の心臓はあふれていった
折れた翼とぼろ切れの花で。

 もはや口にはほんの一語しか、
残っていないことに気づいた。

 そして手袋をはずすと、
彼の両手からはなめらかな灰が落ちた。

 バルコニーからは塔がひとつ見えた。
彼は自分がバルコニーであり塔だと感じた。

 まちがいなく彼は見たはずだ、木箱の中に
閉じこめられた時計がどんなふうに彼を見つめているかを。

 はりつめしずかな彼の影を、
白い絹張りの長椅子に見たはず。

 それから緊張した、幾何学的な若者は、
斧で鏡を叩き割った。

 それを割るとき、影は盛大に噴き出し、
幻想の寝室を水びたしにした。

(Federico García Lorca, Suicidio)

枯れたオレンジの木の歌(ロルカ)

 カルメン・モラレスに

 木こりよ。
私の影を伐って。
果実をつけない自分を見ることの
苦しみから解放して。

 なぜ私は鏡に囲まれて生まれたのだろう?
日は私のまわりをめぐる。
そして夜は私を写しとる
彼女のすべての星をもって。

 私は自分を見ることなく生きたい。
すると蟻やタンポポの冠毛のことを
私は自分の葉であり小鳥であると
夢見ていられるのに。

 木こりよ。
私の影を伐って。
果実をつけない自分を見ることの
苦しみから解放して。

(Federico García Lorca, Canción del naranjo seco)

Tuesday 3 June 2008

回廊(ロルカ)

男の子。ぼくはね、グリフォン鳥の
羽根を探しに行く。
こびと。ぼうや、そんな計画なら
手伝ってあげるわけにはいかないよ。
ーー民謡から

 タン、タン

風は死んだ。
動かなくなり、しわくちゃになった。

松の木が土に横たわっている。
その影は立ち上り、震えている!

 ぼくーきみー彼
(ひとつの平面上に)

 タン、タン

(Federico García Lorca, Pórtico)

月たちの遊び(ロルカ)

月はまんまる。
そのまわりに、鏡の
水車。
そのまわりに、水の
水車。
月は薄く剥がれる
白金のパンのように。
月は
はらはらと葉を落とし
たくさんの月になる。
泉の群れが
空を飛ぶ。
それぞれの泉に
死んだ月が落ちている。
月は
澄んだ奔流の中で
光の杖となる。
月は、
割れた大きなガラス窓のように、
海に落ちる。
月が
無限の屏風を
通過する。
でも「月」は? でも「月」は?

(空では、
残されているのは
小さな結晶たちが作る車輪だけ。)

(Federico García Lorca, Juego de lunas)