Thursday 31 January 2008

窓(ギヨーム・アポリネール)

赤から緑にむかってすべての黄色は死んでゆく
鸚鵡が故郷の森で歌うとき
ピヒの臓物
片翼の鳥について書くべき詩がある
私たちはそれを電話線で送信する
巨大な外傷体験
涙がわんわん湧き出す
若いトリノ娘たちに混じってひとりきれいな娘がいる
あわれな若者が自分の白ネクタイで鼻をかんだ
きみは幕を開ける
するとこんどは窓が開くんだ
両手が光を編むときの蜘蛛
青ざめた美しさ 測り知れない紫
私たちは休憩をとろうとするが果たせない
深夜十二時に始めよう
時間があるときには自由がある
巻貝とかアンコウ たくさんの太陽と夕陽の海胆(うに)
窓の前には古い黄色い靴が一足

塔とはすなわち通り
井戸
井戸すなわち広場
井戸
うろになった木々が野良の牝山羊たちをかくまう
シャバンたちが死にそうに退屈な歌をうたっている
マロン色をしたシャビンヌたちにむけて
そしてガアガア鵞鳥は北でらっぱを吹く
そこではアライグマ猟師たちが
毛皮をがりがり掻いている
きらめくダイアモンド
ヴァンクーヴァー
そこでは雪白と夜の火の列車が冬を逃れてゆく
おお パリ
赤から緑にむかってすべての黄色は死んでゆく
パリ ヴァンクーヴァー イェール マントノン ニューヨーク アンティーユ諸島
窓はオレンジのように開く
美しい光の果実

(Guillaume Apollinaire, Les Fenêtres)

Wednesday 30 January 2008

人生とは動きだ(ウォレス・スティーヴンズ)

オクラホマでは、
ボニーとジョージーが、
キャラコの服を着て、
切り株のまわりで踊った。
二人は叫んだ、
「オーホーヤーホー、
オーホー」......
祝っていたのは肉体と
空気との結婚。

(Wallace Stevens, Life is Motion)

優美なる放浪者(ウォレス・スティーヴンズ)

フロリダの巨大な朝露が
大きな鰭のある椰子の木と
生命を求めて猛る緑の蔓を
もたらすとき、

フロリダの巨大な朝露が
それを見る者に
讃歌につぐ讃歌を生ませるとき、
その人はこうしたすべての緑の側と
緑の側の黄金の側と

祝福された朝が、
その若い鰐の目と
稲妻の色彩のために出会うのを見つめているのだが、
それとおなじく、私の中には、投げつけられてくるのだ、
かたちが、炎が、炎の薄片が。

(Wallace Stevens, Nomad Exquisite)

Tuesday 29 January 2008

ガビナル(憂鬱なる阿呆)(ウォレス・スティーヴンズ)

あの奇妙な花、太陽、
きみはそれを言うわけだ。
好きにしなさい。

世界は醜い、
そして人々はさびしい。

あのジャングルの羽毛、
あの獣の目、
きみはそれを言うわけだ。

あの野蛮な火、
あの種子、
好きにしなさい。

世界は醜く、
人々はさびしい。

(Wallace Stevens, Gubbinal)

さようなら、さようなら、さようならと手を振る(ウォレス・スティーヴンズ)

それは手を振るということだろう 泣くということだろう、
泣き 声をあげ 別れを告げる
目に映る別れと中央に位置する別れ、
手を動かすこともなくじっと立ちつくすだけ。

したがうべき天のない世界では、休止は
終わりを意味するだろう、別離よりも悲痛な、
 より深い終わりを、
そしてそれは別れを告げるということだろう、別れを反復し、
ただそこにいてただ見ているだけ。

自分の特異な自己となり、あまりにも少なくしか
生み出さず少なくしか得なかったやつを軽蔑するのだ、
あまりにお話にならないほど卑小なやつを、
いつも歓びにみちたお天気をよろこび、

自分のカップから少し飲んでは一言も発することなく、
あるいは眠ったり あるいはただじっと横たわり、
ただそこにいる、ただ見ている、
それが別れを告げるということだろう、別れを告げること。

物事を練習するのはいいものだ。かれらは練習する
十分に、天国にそなえて。いつも歓びにみち、
ここにはたしてお天気以外の何がある、私には
太陽に由来する以外のどんな精霊がいる?

(Wallace Stevens, Waving Adieu, Adieu, Adieu)

Monday 28 January 2008

十時の幻滅(ウォレス・スティーヴンズ)

その家々にはよく出るんだ
白いナイトガウンが。
緑のものはなく、
紫で緑の輪がついたものもなく、
緑で黄色い輪がついたものもなく、
黄色で青い輪がついたものもない。
見慣れないものなど何もなく、
レースの靴下と
ビーズの腰帯をつけている。
人々はヒヒや巻貝の夢
など見ない。
ただ、そこここに、一人の老水夫が、
酔っぱらい ブーツをはいたまま居眠りしつつ、
虎を捕獲する
赤い天候の下で。

(Wallace Stevens, Disillusionment of Ten O'clock)

Sunday 27 January 2008

松林の中のちゃぼたち(ウォレス・スティーヴンズ)

カフタンを着たアズカンの族長イフカン
ヘンナ色の首羽を褐色にまとっている者よ、止まれ!

けしからん普遍的な雄鶏よ、まるで太陽が
おまえの燃え立つ尾を支える、黒人でもあったかのように。

でぶ! でぶ! でぶ! でぶ! 私とは私的なもの。
きみの世界はきみだ。私が私の世界だ。

きみ、ちびすけどものあいだの背丈十フィートの詩人。でぶ!
去れよ! この松林では一羽のちびすけが毛を逆立てている、

毛を逆立てる、そしてそのアパラチア風の刃をつきつける、
堂々と肥えたアズカンも、そのほーいという呼び声も怖れずに。

(Wallace Stevens, Bantams in Pine-Woods)

Saturday 26 January 2008

月光(ブレーズ・サンドラール)

ゆれるゆれる船上は
月が月が海面に輪を作る
空ではマストが輪を描いて
すべての星を指さしてくれる
アルゼンチン娘がひとり手すりに肘をつき
フランスの海岸を描き出す灯台たちを見つめながらパリを夢見る
わずかにしか知らないけど 彼女が別れてきてさびしくてたまらないパリ
灯は回転し固定され二重で色がつき点滅し彼女に思い出させるのだ ホテルの窓から見た大通りのあれこれを すぐに帰れますよと彼女に約束しつつ
彼女はすぐにフランスに戻ってきて パリに住むことを夢見ている
おれのタイプライターの音が 彼女が夢を最後まで見ることをじゃまする
おれのすてきなタイプライターは行が終わるごとにチンと鳴ってしかもジャズとおなじくらい速いんだ
おれのすてきなタイプライターは左舷や右舷を おれが夢見ることをじゃまする
でもひとつの考えを おれに最後までつきつめさせる
おれの考えを

(Blaise Cendrars, Clair de lune)

Friday 25 January 2008

月光(ギヨーム・アポリネール)

月は流れる蜜となって狂人の唇にふれる
果樹園も村々も今夜は大食いだ
星たちはなかなか上手に蜜蜂を演じている
葡萄棚から滴り落ちる光の蜜を集めて
いま空からやさしく降ってくる
光はそのまま蜜なのだ
ところで身を隠した僕はきわめて甘美な事件を理解する
この北極星という蜜蜂の火の針は恐ろしい
僕の両手に期待はずれの光を持たせ
その月の蜜を風の薔薇(羅針盤)から奪ったのはそいつでした

(Guillaume Apollinaire, Clair de lune)

Thursday 24 January 2008

フーンの宮殿におけるお茶(ウォレス・スティーヴンズ)

西の日にあなたがもっともさびしい空気と呼ぶものを抜けて
紫の中に私が降りたからといって減じられはしない、
私がより少なく私自身になったわけではなかった。

私の髭にふりかけられた薬は何だったのか?
私の耳のそばでぶんぶん唸る聖歌は何だったのか?
その潮により私が運ばれた海はどの海だったのか?

私の心から出て黄金の薬が雨のように降り注ぎ、
私の耳がかれらが聞いた吹きすさぶ歌を作った。
私自身があの海の羅針盤だった。

私が私の歩く世界であり、私が見たもの
聞いたもの感じたことはただ私自身に由来した。
そしてそこで私は私自身をより真により奇妙な者として見出した。

(Wallace Stevens, Tea at the Palaz of Hoon)

Wednesday 23 January 2008

手紙(ブレーズ・サンドラール)

きみはいった 手紙をくれるんだったら
ぜんぶタイプライターで打つのはやめて
一行でいいから手で書いて
ひとことだけ どうでもいいことを 大したことじゃなくていい
うん うん うん うん うん うん うん うん

おれのレミントンは だけど立派だよ
おれはこいつが大好きで よく仕事をしてる
できあがる文章もきれいではっきりしてて
誰が見たって おれが打ったんだってわかる

おれだけが知ってる余白の取り方があるんだ
ページにできる目を見てくれよ
でもね きみをよろこばせるためにインクで書くよ
ふたことみこと
それからでっかいインクの染みだ
きみがそいつを読めないように

(Blaise Cendrars, Lettre)

一人の老いた上品なキリスト教徒の婦人(ウォレス・スティーヴンズ)

詩とは至高のフィクションです、マダム。
道徳律をもって教会の身廊とし
この身廊からおばけが出る天を作るといい。すると、
意識は椰子の木々に転換されるのだ、
賛美歌を欲しがっている、風の強い貯水槽のように。
私たちは原則では合意していますね。それは明らか。だが
対立する法をもって教会の中庭を作り、
その中庭から惑星群の彼方へと仮面を
投影することだ。こうして、墓碑銘に
よっても浄化されない、私たちの
ついに思いのままふるまうみだらさが、
サクソフォンのように殴り書きしつつ
これもまた椰子の木々に変わる。そしてどの一本の
椰子をとっても、私たちは私たちの始まりの場所にいる。
それなら惑星的場面においては
あなたの心が離れてしまった、たらふく飲み食いした
鞭打ち行者たちが、行列をなして、ふてぶてしい腹を
ぴしゃぴしゃ叩きながら、崇高のそんな目新しい事物を、
そんなティンクとかタンクとかタンカタンタンとかを、
誇るのを許してあげなさい。かれらはあるいは、
ひょっとしたら、マダム、自分自身から鞭で打ち出そう
としているのかもしれない、天空にひびく陽気な空騒ぎを。
これには未亡人たちがいやな顔をするかも。
けれども架空の物事は、そうしたいと思えば目配せをするもの。
未亡人たちが眉をひそめるときもっともよく目配せをする。

(Wallace Stevens, A High-toned Old Christian Woman)

Tuesday 22 January 2008

きみは空や海よりも美しい(ブレーズ・サンドラール)

愛しているなら旅立たなくちゃ
妻と別れ 子供と別れ
男ともだちと別れ 女ともだちと別れ
女であれ男であれ 愛人と別れ
愛しているなら旅立たなくちゃ

世界は黒人男と黒人女でいっぱいだ
女たち 男たち 男たち 女たち
ごらんすてきな店を
この馬車 この男 この女 この馬車
そしてすべての美しい商品を

空気がある 風が吹く
山々 水 空 大地
子供たち 動物たち
植物 そして泥炭

学べよ 売ること買うことまた売ることを
与え 奪い 与え 奪い
愛しているなら旅立たなくちゃ
歌い 走り 食い 飲み
口笛を吹き
そして働くことを学ぶ

愛しているなら旅立たなくちゃ
ほほえみながら泣くのはよせよ
二つの乳房の谷間に巣を作るのはよせ
呼吸し 歩き 出発だ さあ行け

おれは風呂に入り それから見つめる
見えるのは おれがよく知っている口
手 脚 「目」
おれは風呂に入り それから見つめる

世界はそっくりいつもそこにある
人生は驚くべき物事にみちている
おれは薬局から外に出る
いま体重計から降りたところだ
たっぷり80キロのおれ
きみを愛してる

(Blaise Cendrars, Tu es plus belle que le ciel et la mer)

百姓年代記(ウォレス・スティーヴンズ)

偉人とは何だ? すべての人間は勇敢だ。
すべての人間が忍耐する。偉大な船長といっても
偶然に選ばれた者でしかない。結局、もっとも荘厳な埋葬
とは百姓年代記。
        人は他人により賞讃
されるために生きる、したがってすべての人間は
すべての人間に賞讃されるために生きる。諸民族は
諸民族により賞讃されるために生きる。人種は勇敢だ。
人種は忍耐する。人種の葬儀の壮麗は
個々の壮麗を多数集めたものであり
人類の年代記とは
百姓年代記の総和なのだ。
        偉人たちーー
それはちがう話。かれらは現実によって構成
されながらも現実を超えた人々だ。かれらは
人間から作られた架空の人物なのだ。
かれらも人間だが人工的な人間だ。かれらは
無であり、それを信じること
などできず、ありきたりな主人公より、もっともモリエール
らしい神話としてのタルチュフより以上のものであり、
安易な投影はとっくに禁止されている。

バロック詩人は彼のことをウェルギリウスとおなじ
くらい不動の人と見るかもしれない、抽象的な。
だが自分で彼を見てごらんなさい、あの架空の人物を。彼は
カフェにすわっているかもしれない。テーブルには田舎風チーズと
パイナップルの皿があるかもしれない。きっとそうにちがいない。

(Wallace Stevens, Paisant Chronicle)

さよなら(ギヨーム・アポリネール)

このヒースのひと茎を摘みとった
秋は死んだよ 覚えてるだろう
おれたちはもう地上で会うことがない
時の匂い ヒースの茎
思い出してくれ おれが待っていることを

(Guillaume Apollinaire, L'adieu)

Monday 21 January 2008

目覚め(ブレーズ・サンドラール)

おれはいつも窓を開けたまま眠る
ひとりぼっちの男として眠った
汽笛と圧縮空気のサイレンでも別に目は覚めなかった

今朝おれは窓から身を乗り出す
おれは見る


船着場 ここは1911年にニューヨークから上陸したところ
港湾管理の小屋
そして
左手には
何本もの煙突の煙 クレーン アークランプが逆光になって見える
始発の路面電車が凍てつく夜明けの中でぶるぶる震えている
おれは おれには暑すぎるよ
さよならパリ
おはよう太陽

(Blaise Cendrars, Réveil)

いつも(ギヨーム・アポリネール)

    フォール=ファヴィエ夫人に

     いつも
おれたちはより遠くへゆこう 前進することなく
惑星から惑星へ

星雲から星雲へ
一〇〇三の彗星のドン・フアンだ
地球から動きもしないのに
新しい諸力を見つけるんだ
そして幽霊のことを真剣に受け止める

たくさんの宇宙がみずからを忘却する
どいつがひどい忘れん坊なんだ
世界のこれこれの一部をわれわれに忘れさせるのは誰か
ひとつの大陸を忘却させてくれたコロンブスはどこにいる
     失うこと
それも本当に失うこと
思いがけない発見に場所をゆずるために
         失うことだ
人生を 「勝利」を見出すために

(Guillaume Apollinaire, Toujours)

Sunday 20 January 2008

19時40分発の急行列車で(ブレーズ・サンドラール)

もう何年も列車に乗ったことがなかった
動きまわるときには自動車
飛行機
船旅がいちど そしてもっと長い船旅をこれからやる

今夜おれはこうして突然 かつてあんなによく親しんだ線路の音の中にいる
そしてどうやらあのころより この音をよく理解してるみたいだ

食堂車
外の景色は何にもわからない
真暗な夜だ
四分の一の月はじっと見つめると動かないが
あるときは列車の左手、あるときは右手にいる

急行列車は時速110キロ
なんにも見えないぞ
この鈍い悲鳴みたいな音で鼓膜がじんじんする――左耳が痛いーーこれは石切り場を通過したせい
ついで鉄橋の巨大な滝音
転轍機は連打されるハープ 駅の平手打ち 怒り狂ったトンネルのあごは二つの括弧
洪水のせいで列車が速度を落とすとウォーターシュートの音が聞こえ 皿洗いとブレーキの音のまんなかにいるのは百トン機関車の加熱したピストン
ル・アーヴル バス エレベーター
おれはホテルの部屋の鎧戸を開ける
身を乗り出すと下はドック そして星空の冷たい豪壮な光
波止場にはくすぐられてくすくす笑う女がいる
終わりなきチェーンが咳をしうめき働いている

こんな鶏小屋の物音を聞きながら おれは窓を開けたまま眠る
田舎にいるみたいだ

(Blaise Cendrars, Dans le rapide de 19 H. 40)

雨(ホネ・トゥファレ)

先週、ニュージーランド南島のダニーデンのとある老人ホームで、ホネ・トゥファレが亡くなりました。1922年生まれの彼は、英語で作品が発表された、最初のマオリの詩人でした。ここに彼のもっとも有名な作品である「雨」を掲げ、冥福を祈りたいと思います。

   雨

おれには聞こえる きみが
小さな穴を
沈黙に開けているのが
雨よ

もしおれの耳が聞こえなくても
おれの肌の毛穴が
きみのために開き
また閉ざすだろう

そしておれには
きみがわかるはず
きみが舐めてくれるとき
たとえ目が見えなくても

きみは何か特別な
匂いがする
太陽が地面を
からからに乾かすとき

安定した
太鼓の音みたいだ
風がやんだとき
きみが立てるのは

だがもしおれに
きみのことが
聞こえもせず匂いも
肌触りもわからず目にも見えなくたって

やっぱりきみが
おれを定義する
おれを分散させる
おれを洗いつくす
雨よ

(Hone Tuwhare, Rain)

角笛(ギヨーム・アポリネール)

われわれの歴史は高貴で悲劇的
まるで暴君の顔のように
偶然や魔法の筋書きなどない
どうでもいい細部などどこにもない
おれたちの愛を悲壮なものとするような

そしてトマス・ド・クインシーはオピウム
甘美で清純な毒を飲みながら
哀れなアンの夢を見続けた
行こう行こうすべては過ぎゆくのだから
おれは何度でも帰ってくるつもりだ

思い出はすべて角笛
その音は風にかき消され

(Guillaume Apollinaire, Cors de chasse)

悪い性格(マックス・ジャコブ)

 おれはただひとりの存在と暮らすにはあまりに宇宙全体を愛してるんだ。
 全員の名においてその相手を怒らせることなく、ひとりの人間とうまくやってゆくことなどできるものだろうか? 悪魔であるおれは神と和解することなどできない。天使としては、悪魔と仲良くするのは無理だ。おれは自分自身とさえ意見が合わないのだから、どうしてきみとうまくやっていけるだろう? 天国も地獄も、この地上とおなじくおれには閉ざされている以上、どこに逃げればいい?

(Max Jacob, Mauvais caractère)

Saturday 19 January 2008

一羽のブラックバードに対する十三の見方(ウォレス・スティーヴンズ)

I
雪をかぶった二十の山々で
動いている唯一のものは
ブラックバードの目だった。

II
私には三つの心があった、
ちょうど
三羽のブラックバードたちが止まる樹のように。

III
ブラックバードは秋の風の中で舞っていた。
それはパントマイムの小さな一部だった。

IV
一人の男と一人の女は
ひとつ。
一人の男と一人の女と一羽のブラックバードは
ひとつ。

V
どちらを好むべきか私にはわからない、
抑揚の美か
あるいは暗示の美か、
ブラックバードのさえずりか
その直後か。

VI
つららが野蛮なガラスのはまった
長い窓からびっしり垂れ下がっている。
ブラックバードの影が
それを行ったり来たりして横切る。
影の中にたどられた
気分
解読不可能な原因。

VII
おおハダムの痩せた男たちよ
なぜきみらは黄金の鳥なんかを想像する?
きみらには見えないのだろうかブラックバードが
きみらのそばにいる女たちの
両足のまわりを歩いているところが?

VIII
私は高貴な訛りを知っている
明晰で、逃れがたいリズムも。
でも私は、また知っている
ブラックバードが私の知っている
ことに関わっていることも。

IX
ブラックバードが視野から飛び去ったとき
それは数多い円のうちの
ひとつの縁を画した。

X
緑の光線の中を飛ぶ
ブラックバードを見るとき、
良い音調を好む遊女たちだって
鋭い叫びをあげることだろう。

XI
彼はコネチカットを
ガラスの馬車で行った。
あるとき、ある恐怖が彼をつらぬいた
彼は馬車の装備を
まちがって思い込んでしまったのだ
ブラックバードの群れだと。

XII
川が動いている
ブラックバードが飛んでいるにちがいない。

XIII
午後のあいだずっと夕べが続いた。
雪が降っていて
また雪が降ろうとしていた。
ブラックバードは
杉の大枝にすわっていた。

(Wallace Stevens, Thirteen Ways of Looking at a Blackbird)

詩人(ライナー・マリア・リルケ)

きみはおれから立ち去ってゆく、時間よ。
きみの翼の一撃がおれを打ちのめす。
ただひとり。おれは自分のこの口をどう使えばいい?
おれの夜を? おれの昼を?

おれには愛人もなく、家もなく、
特に生きている場所があるわけではない。
それでもすべてのものは、おれが自分を譲りわたすとき、
ゆたかさを増し、おれを使ってくれる。

(Rainer Maria Rilke, Der Dichter)

孔雀王子の逸話(ウォレス・スティーヴンズ)

月明かりの中
私は<狂った戦士>に会った、
月明かりの中
やぶだらけの野原で。
ああ、彼は尖っていた
不眠の人のように!

それから「なぜきみは赤い
この乳の青の中で?」
と私は訊ねた。
「なぜ太陽の色をしている、
まるでいま
眠りの途中で目覚めたみたいに?」

「さまよう者よ」
と彼はいった、
「やぶだらけの野原では
すぐに忘れてしまう。
だが私は罠を
夢の途中にしかけて回るんだ」

これで私が学んだのは
この青い地面が
邪魔物や
鉄の罠でいっぱいだということ。
私が学んだのは
やぶだらけの野原の恐ろしさ、
そしてそこに降る
月明かりの
美しさ、
降りしきっている
この無知な大気に
眠りが降るように。

(Wallace Stevens, Anecdote of the Prince of Peacocks)

白雪(ギヨーム・アポリネール)

天使たち 空の天使たち
ひとりは士官姿
ひとりは料理人姿
他のみんなは歌っている

空色をした美男子の士官
クリスマスから遠く おだやかな春が
きれいな太陽のメダルをきみにくれる
 きれいな太陽の

料理人が鵞鳥の羽をむしる
 ああ! 降るのは雪(ネージュ)
 降る そしてぼくには何がない(ネージュ)
両腕のあいだの愛しいあの娘

(Guillaume Apollinaire, La blanche neige)

Friday 18 January 2008

火と氷(ロバート・フロスト)

ある人たちは世界は火で終わるというし
ある人は氷で終わるという
おれがかつて望んだところにしたがい
おれは火に賛成する。
だが世界がもし二度滅びなくてはならないとしたら
おれもさんざん憎しみを知ってきたことだし
いわせてもらおう 氷による滅亡も
なかなかいいね
満足できる。

(Robert Frost, Fire and Ice)

雪の粉(ロバート・フロスト)

一羽のからすが
つげの木から
雪の粉を
私に降らせたことが

私の気分を
一新して
悔恨の一日の
いくらかを救ってくれた。

(Robert Frost, Dust of Snow)

Thursday 17 January 2008

ただあるものについて(ウォレス・スティーヴンズ)

心の果ての椰子の木が、
最後の思考の彼方で、立ち上がる
ブロンズ色の遠方に、

黄金の羽をした鳥が
その椰子の木の中で歌う、人間の意味を欠き、
人間の感情を欠き、異質な歌を。

するときみにはわかる、われわれを幸福にしたり
不幸にしたりするのは理性ではないのだと。
鳥が歌う。その羽が輝く。

椰子の木は空間の縁に立っている。
風が枝の中をゆっくり吹きすぎる。
鳥の火色をした羽がだらりと垂れ下がる。

(Wallace Stevens, Of Mere Being)

Wednesday 16 January 2008

大いなる西部の平原(ハート・クレイン)

プレーリー・ドッグたちの小さな声は疲れを知らない...
かれらはフレーを三唱する
駅馬車、馬上の人、プルマン寝台車に、おなじように、
まるで月に対するように惜しみなく。

そしてフィフィのリボンとプードルらしい気楽さが
映画の女王、ロッティ・ハニーデューの膝にちょこんと
すわってかれらのそばを疾走してゆく、
法律家たちとネヴァダ州にむかって。

そしてさらにどれだけ多くがかれらには見えないことか!
まったく、時間は足りなすぎだ、
世界はあまりに早く動いている!
かれらは絹の中に巣穴を掘ったりはしないーー
でもトマホーク(斧)はよく知っている。

そう、古い記憶がいきいきと甦ってくる。
みじめな吠え声がときには挨拶してくれたものだ
ガラスに鼻を押しつけて。

(Hart Crane, The Great Western Plains)

Tuesday 15 January 2008

いぬサフラン(ギヨーム・アポリネール)

秋の牧場は有毒だが美しい
牛たちはそこで草を食み
緩慢に中毒してゆく
殴られた痣かリラの色をしたいぬサフランが
そこで花咲き きみの目はその花に似ている
花の痣のようにこの秋のように紫がかっている
おれの人生はきみの目に緩慢に中毒する

小学生たちが大騒ぎしながらやってくる
スモックを着てハーモニカを吹いてかれらは
母親つまり娘の娘みたいないぬサフランを摘む
それはきみの目蓋の色をしている
狂った風が叩く花みたいにばたばた開閉する目蓋

牧童がごく小さな声で歌っている
一方のろまな牝牛たちはモーモーといいながら
悪い花の秋の広い野原を捨てて二度と帰らない

(Guillaume Apollinaire, Les colchiques)

Monday 14 January 2008

闘牛(ジュール・シュペルヴィエル)

この麦わらのことなら覚えている
それはあるやさしい一日
激しく頑固な一頭の馬がくれたもの
そいつは目隠しをされたまま
みずからのはらわたで賞讃を表現した。

(Jules Supervielle, La corrida)

農夫たちに囲まれた天使(ウォレス・スティーヴンズ)

(田舎者の一人。)

               誰も
来ない戸口にも歓迎があるものでしょうか?

(天使。)

私は現実の天使、
しばらくのあいだ戸口に立っているのを目撃された。

私は灰の羽も金の衣装もなく
なまぬるい光輝をもたぬままに生きている、

あるいは私の存在と知識に伴走するためではなく
別れてゆくためにすら後を追ってくる星もなく。

私はきみたちの一人でありその一人であるとは
私の存在としてあることであり私の知識を知っていること。

けれども私は大地に必要な天使だ、
というのは私の視覚において、きみらは再び大地を見るのだから、

その硬く頑迷な、人間が組んだ舞台が一掃され、
そして、私の聴覚において、きみたちは大地の悲劇的な持続低音が

水びたしの水っぽい言葉のような液体的な名残の中に
液体的に立ち上るのを聴く。ちょうど中途半端な意味の

反復により語られた意味のように。だがそういう私も
私もやはり、いわば半ばだけの形象ではないのか、

半ばだけ見られた姿、あるいは一瞬のみ見られた、
心の中の人、ごく軽いまなざしの装いだけ

をまとった出現、それで肩をくるりと一度
回せばたちまち、あまりにもたちまち、私は消えるのか?

(Wallace Stevens, Angel Surrounded by Paysans)

Sunday 13 January 2008

ある夕方(ギヨーム・アポリネール)

大天使たちの白い空から一羽の鷲が降りてきた
 おれを支えてください
これらすべての街路灯をまだ震えさせておくのですか
 祈って おれのために祈ってください

この街は金属的でただ一つの星は
 きみの青い目で溺れている
路面電車が走るとき見すぼらしい
 鳥たちの上に青白い火がほとばしる

そしてきみの目の中で震えるおれの夢の
 すべては たったひとりの男が飲んだもの
偽タマゴタケのように赤いガス灯の下で
 着衣のきみの腕は体に巻きついていた

ごらん 軽業師が注意深い観客に舌を出す
 一人の幽霊が自殺した
使徒はいちじくの木で首を吊りゆっくりよだれを垂らす
 この恋はサイコロに賭けよう

透んだ音の鐘たちがきみの誕生を告げていた
 ごらん
道に花が咲き椰子の木々が進む
 きみにむかって

(Guillaume Apollinaire, Un soir)

ジャージー叙情(ウィリアム・カルロス・ウィリアムズ)

冬の林が見える
手前に
一本の木

がぽつんとある
そこには
降ったばかりの

雪のせいで
六本の枝が落ちている
火にくべよう

(William Carlos Williams, Jersey Lyric)

裸の木(ウィリアム・カルロス・ウィリアムズ)

裸の桜桃の木
屋根より背が高く
去年はたしかに
たくさん実がなった。だが
こんな骸骨姿を見ながら
実のことなど想像できるものか?
枯れてはいないかもしれないが
実は影もない。
それならさっさと伐り倒し
薪にして
この噛みつく寒さに対抗しよう。

(William Carlos Williams, The Bare Tree)

理論(ウォレス・スティーヴンズ)

私とは私をとりまくもの。

女たちはこれをわかっている。
馬車から百ヤード離れたら
もう女公爵ではない。
これらは、すなわち肖像にすぎない。
黒い玄関ホール。
カーテンが隠す背の高い寝台。

これらはいずれも例にすぎない。

(Wallace Stevens, Theory)

Saturday 12 January 2008

クロチルド(ギヨーム・アポリネール)

アネモネとアンコリー(おだまき)が
庭に生えてきた
そこにはメランコリーが眠っている
愛と軽蔑のあいだに

そこにはぼくらの影もやってきて
夜がそれを散逸させる
影たちは太陽が濃くし
影とともに太陽も消える

流れる水の神々は
髪をほどき流れにまかせる
こうなるときみにできるのは追うことだけ
欲しくてたまらないあの美しい影を

(Guillaume Apollinaire, Clotilde)

忘却(ハート・クレイン)

忘却は歌に似ている、
拍子や小節から解放されてさまよう歌に。
忘却は鳥のようだ、二つの翼が和解し、
ひろげられたままじっとしているーー
倦むことなく風に乗ってゆく鳥だ。

忘却とは夜の雨、
あるいは森の古い一軒家、ーーあるいは一人の子供。
忘却は白い、ーー枯れ木のように白い、
そしてそれはシビル(巫女)を驚かせて予言させる、
あるいは神々を埋葬する。

おれはずいぶんいろんな忘却を覚えている。

(Hart Crane, Forgetfulness)

仏陀に(ハート・クレイン)

あなたはそんなあれこれの問いの完全な外にいる、
あなたの鈴(りん)の磨かれた底は
天を駈けるよう教えられている、そしてあなたは
他の者たちが抑えている欲望の接平面(タンジェント)を知っている。

(Hart Crane, To Buddha)

水浴びする人(ハート・クレイン)

乳のような海の岸辺に二人の象牙色の女がいる、ーー
夜明け、貝殻の薄い色がせわしなく
黒い稜線をふちどりゆらめいている。ーー
夢見る人がこれを見るかもしれない、そして目覚め耳をそばだてるのだが、
音はしない。ーー鳥の声すらしない。
ただ単純なさざ波がひらひらし、撫で、浮遊する。ーー
海の白いのどもとの平坦な百合の花びら。

ウェヌスは泡をつらぬいて光へと出現したのだとかれらはいう、
でも間違いだ... 人に視覚が与えられる以前に
彼女はそんなしずかな水のうちに現われ、沈黙のうちに
育まれたのだ、祝福された美も、呪われた美も。

(Hart Crane, The Bathers)

Friday 11 January 2008

朝早く(チェーザレ・パヴェーゼ)

閉ざされた窓が海の野の
上に顔を見せている。髪はゆれる、
海のやさしい律動につれて。

この顔には記憶がない。
ただつかのまの影のみ、雲の影のような。
影はしっとりと甘い、手つかずの洞窟の
砂みたいに、薄明の下で。
記憶がない。あるのはただ思い出となった
海の声のつぶやきだけ。

薄明の中、光をたっぷりふくんだ
夜明けのやわらかい水が、顔を明るくする。
毎日が時のない奇跡だ、
太陽の下で。塩の光がそれにしみこむ
生きた海の果実の味がする。

この顔の表面には記憶が存在しない。
記憶をとどめられる言葉も存在せず
過ぎた事物にむすびつけてくれる言葉もない。昨日、
記憶は小さな窓から姿を消したのだ、ちょうど
さびしさもなく、人の言葉もなく、海の野の上で
いつだって一瞬のうちに姿を消すように。

(Cesare Pavese, Mattino)

火山からの絵葉書(ウォレス・スティーヴンズ)

私たちの骨を拾う子供たちは
それらがかつては丘の上の狐たちとおなじくらい
敏捷だったことなどけっして思いもしない。

そして秋になって葡萄がぴりっとした
空気をその匂いで余計に研ぎすますとき
これらの骨が存在を持ち、霜を吐いていたことも。

そしてこんな骨とともに私たちがはるかに
多くのものを残していったことなど少しも考えないだろう、
いまなおある事物の外見や、何かを見て

私たちが感じたことを残していったとは。春の雲が
閉めまわした邸宅の上を流れている、
私たちの門や風の強い空のむこうを。

教養のある絶望を発している。
私たちは長いことこの邸の外見を知っていて
それについて私たちが語ったことは

そのものの一部となった... 子供たちは、
まだ芽ぐんだ光輪を編んでいるところだが、
私たちの言葉を話すくせに知ることはないだろう、

この邸について、どうもそこに住んだ男は
空っぽの壁で暴れる霊を
残していったみたいだねというだろう、

はらわたを抜かれた世界の、一軒の汚い家、
白くやつれたぼろ切れのような影たちが、
ふくよかな太陽の黄金に汚れている。

(Wallace Stevens, A Postcard from the Volcano)

抽象の庭(ハート・クレイン)

枝についたままのその林檎は彼女の欲望だーー
宙づりで輝く、太陽の模倣者、
枝が彼女の息を止め、彼女の声は、
頭上の枝の傾斜と上昇の中で
無言で、はっきりと発せられ、彼女の目をうるませる。
彼女は木とその緑色の指の囚人。

それで彼女は自分はその木なのだと夢見るようになる、
風が彼女を所有し、その若い血管を編み、
空とそのすばやい青にむかって彼女をさしだす、
彼女の両手の熱を陽光に溺れさせながら。
彼女にはない、足下の草と影を超えては、
記憶も、怖れも、希望も。

(Hart Crane, Garden Abstract)

Thursday 10 January 2008

輪舞の道(ジュール・シュペルヴィエル)

地球は道をかけながら
みずからの思想のまわりで回転する
けれども野原、町、庭には
動かずにいろよ、と強いている。

雲がいくつもすばやく飛び過ぎる
逃げ出すやつがいないか、不安なんだ。

(Jules Supervielle, Chemin de ronde)

天文台(ジュール・シュペルヴィエル)

世界でもっとも大きな河が
あなたの両目と両腕を見えなくする
おれの心はそうと気づかぬまま
深い海の底のひとつの島となり、
姿を見せたがらない。

そのうち、あなたはすぐそばに近づいてきて
おれはあなたの沈黙を聴いた、
ちょうど、森のはずれで、
ひとりぼっちで、最後の木が聴いているように。
あなたは空の一点を見つめていた。

そして今おれはもう
あなたの古い街路の夜でしかない、
だがあなたのほうこそ
別世界の天文学者となったのではないか?
長い望遠鏡でおれを追いかけようと。

(Jules Supervielle, Observatoire)

おれたちは太陽に選ばれた者だった(ビセンテ・ウイドブロ)

おれたちは太陽に選ばれた者だったのに
それがわかっていなかった
もっとも高みにある星に選ばれていたのに
その贈与に答える術を知らなかった
無力であることの苦悩
水がおれたちを愛し
大地がおれたちを愛した
森はおれたちのものであり
エクスタシーがおれたち固有の空間だった
きみのまなざしは目の前にひろがる宇宙
きみの美しさは夜明けが立てる音響
木々が愛した春
けれども今のおれたちはひとつの感染的なさびしさにすぎない
時が熟さぬうちに迎えた死だ
自分がどこにいるのかわからずにいる魂
稲妻も光らない骨の中の冬
こうしたすべてはきみが永遠とは何かを理解しなかったからであり
おれの魂という魂をきみが理解しなかったからだ
暗い舟に乗っているそいつを
無限により傷つけられた鷲の王座にいるそいつを

(Vicente Huidobro, Eramos los erigidos del sol)

Wednesday 9 January 2008

アメリカにおけるアジアの後悔(ジュール・シュペルヴィエル)

天の国々を隠す
きわめて古い青空の下で
椰子の木々に巻きつく薔薇が
無限の「薔薇」にむかって伸びてゆく。

侵略的な微笑をもつ
バラモンたちの彫像のあいだで
名誉の、高いテラスが
その巨大なノスタルジアに屈服する。

そして心につきまとうピラミッドが
空の青みがかった一本の指をあげさせる
空無のそのむこうにある
何か本質的な目標にむかって。

おびただしい、古い時間において
誰がいったい秘密の時を濡らすのか
その人のためにけっして絶望したことのない
これらの薔薇、これらの石があるというのに?

(Jules Supervielle, Regret de l'Asie en Amérique)

別離のソネット(ヴィニシウス・ジ・モライス)

突然、笑いがすすり泣きになる
霧のようにしずかで白く
むすばれた二つの口は泡となってはじけ
ひろげた手はびっくりしている。

突然、しずけさが風になる
目に宿る最後の炎を消す
情熱は予感に変わり
静止した時がドラマになる。

突然、何のまえぶれもなく
恋人はたださびしくなって
みちたりていた彼はひとりになる。

親密なともだちが遠ざかり
人生はさまようだけの冒険となる
突然、何のまえぶれもなく。

(Vinícius de Moraes, Sonêto de separação)

最後の詩(マヌエル・バンデイラ)

私の最後の詩はこんな風だといい

ごく単純でまるで作ったところがなく柔和であること
涙なきしゃくり泣きのように熱いこと
ほとんど香りのしない花の美しさをもつこと
もっとも透明なダイヤモンドを焼きつくす炎の純粋さを
説明なく死んでゆく自殺者たちの熱情を

(Manuel Bandeira, O último poema)

Tuesday 8 January 2008

椰子の木々の下(ジュール・シュペルヴィエル)

ジブチではすごく暑い、
ひどく金属的、激しく、非人間的
ブリキの椰子の木が植えてある
本物はすぐに枯れてしまうから。

砂漠の風に軋む屑鉄の
音を聴きながら木陰にすわると、
きみに降りかかってくるのは砂鉄、
たちまちきみに降り積もる。

けれどもいいことだってある、
列車みたいにガタゴトいう棕櫚の葉の下、
他の旅を想像できる、
はるかに遠くまで行ける旅を。

(Jules Supervielle, Sous les palmiers)

狼(ジュール・シュペルヴィエル)

爪を使い牙を使って
堅牢な夜を掘り進む獣、
繊細な舌をもつ無愛想な狼は
十万年前からずっと飢えている。

ああ、あいつがもし永遠と
死者の一団を噛み砕くなら
骨のものすごい音がするだろう
割れる顎のせいで。

あいつは石の影を探る
あの国々を探しているのだ
あいつの先を行き、後を追いかける
好戦的な飢餓のおおもとを。

太陽たちによって轢き潰され
月たちに見張られる心をもち
あいつは群れなして死んでゆくだろう
宇宙の熱病で。

(Jules Supervielle, Un loup)

黒の支配(ウォレス・スティーヴンズ)

夜に、火のそばで、
やぶと落ち葉の
色合いが、
みずからを反復しながら、
部屋の中で回っている、
まるで落ち葉それ自身が
風の中でくるくる回るように。
そう。けれども重いヘムロックの色彩が
どすんどすんとやってきた。
それで私は孔雀たちの啼き声を思い出した。

かれらの尾の色は
風の中でくるくる回る
落ち葉そのものの色に似ていた、
黄昏の風の。
かれらは部屋を飛び回った、
ヘムロックの枝から
地面へと飛んで降り立つように。
私はかれらが啼くのを聞いたーー孔雀たちが。
それは黄昏に対抗する啼き声だったのか
落ち葉そのものに対抗するものだったのか、
風の中でくるくる回る、
火の中で炎が
回るように回る、
まるで孔雀の尾羽が
音を立てる火の中で回るような、
孔雀の啼き声にみちた
ヘムロックとおなじくらい大きな音の?

窓の外には、
惑星たちが集うのが見えた
風の中でくるくる回る
落ち葉そのもののように。
どんな風に夜がやってくるのかを見た、
重いヘムロックの色のようにどすんどすんと。
私は恐れを感じた。
それで私は孔雀たちの啼き声を思い出した。

(Wallace Stevens, Domination of Black)

Monday 7 January 2008

「何かが叩いた」(トマス・ハーディ)

何かがおれの部屋の窓を叩いた
 風も雨もその兆しすらないのに
そしておれは暗がりに見た
 やつれはてた「愛する女」の顔を。

「ああ、もう待ちくたびれちゃった」と彼女はいった
 「夜、朝、正午、午後。
私のさびしいベッドはすごく冷たい
 あなたがすぐに来てくれると思ってたのに!」

おれは立ち上がり窓ガラスに近づいた、
 ところがすると消えてしまったのだ、彼女は。
ただ一匹の青ざめた蛾が、ああ、
 おれのために窓を叩いてくれただけ。

(Thomas Hardy, "Something Tapped") 

エル・アルバ(朝の祈り)(ジュール・シュペルヴィエル)

羊毛の毛布が
詩人の体をおおう
一頭の羊がぼくの
寝台の縁に頭を置く。
ガラスの目玉をして
彼は海をわたったのか
それともアルゼンチンの
紺碧の空から降りてきたのか?
一匹の子羊がぼくの
ふるえる膝でぴょんと跳ねる
この膝はもう二十五年というもの
祈りのためについたことがない。

(Jules Supervielle, El alba)

草原(ジュール・シュペルヴィエル)

私の心の眠りが昼間のむすびめを解く
それは音もなくヨーロッパとアメリカを遍歴する
灯台を消して回る
セミの歌も。

過去、未来
私たちのまわりを嗅ぎまわる双子の犬みたいだ。

(Jules Supervielle, Prairie)

Sunday 6 January 2008

アイスクリームの皇帝(ウォレス・スティーヴンズ)

太い葉巻の巻き手を呼んでおいで、
たくましい男を、そして彼に台所のカップに入った
好色な凝乳を泡立てるよう言いつけるんだ。
娘たちにはふだんのドレスで
ぶらぶらさせておいていい、男の子たちに
花束を先月の新聞で包んで持ってこさせなさい。
<ある>を以て<見える>のフィナーレとすることだ。
唯一の皇帝はアイスクリームの皇帝。

ガラスの把手が三つ欠けている樅の戸棚から、
彼女がかつて孔雀鳩の刺繍をした
あの布を持ってきなさい、それをひろげて
彼女の顔を隠すのだ。もし彼女のかさかさの
足が突き出しても、かれらがやってきて
彼女がどんなに冷たいか教えてくれる、彼女の沈黙も。
ランプにちゃんと光を当てさせてやれ。
唯一の皇帝はアイスクリームの皇帝。

(Wallace Stevens, The Emperor of Ice-cream)

Saturday 5 January 2008

眠る一人の老人(ウォレス・スティーヴンズ)

二つの世界が眠る、眠っている、いま。
一種の荘厳さの中で無言の感覚がそれらにとりついている。

自己と地球ーーあなたのさまざまな思考、感情、
あなたの信念と不信、あなた特有の謀略のすべて。

あなたの赤みがかった栗の木の赤、
川の動き、Rという川のねむたい動き。

(Wallace Stevens, An Old Man Asleep)

ローマの壁ブルーズ(W・H・オーデン)

ヒースの荒野の上に吹きわたるのは濡れた風
おれのチュニック(上衣)にはシラミ、鼻は風邪。

雨がぱらぱら落ちてくる、空から。
おれは壁の兵士、どうしてこうなったものやら。

霧が硬い灰色の石を這い上がってきてるね、
あの娘はトゥングリアにいる、おれは独り寝。

アウルスが彼女につきまとってるって
あいつは気に入らない、面も気に食わない。

ピソのやつはキリスト教徒で魚を礼拝する
どんなに望んだところでキスまでは行かないな。

あの娘は指輪をくれたがとっくにすっちまったよ
あの娘に会いたいよ、給料さっさとくれよ。

そのうちおいらも片目の老兵士
そうなりゃぼんやり空を見上げるだけ。

(W.H.Auden, Roman Wall Blues)

アメリカ的崇高(ウォレス・スティーヴンズ)

どうやって耐えるというんだ
崇高をじっと見つめるなんて、
モッカーどもと対決するなんて、
ミッキー・モッカーたちと
編み上げられたペアたちと?

ジャクソン将軍が
彫像のためにポーズをとったとき
彼はどんな気分になるかを知っていた。
はだしで目をぱちぱちしながら
うつろな心で歩いてゆくか?

でもするとどんな気分になる?
人は天候だとか、
風景や何かにはいずれは慣れる。
すると崇高が
精神そのものへと下りてくる、

精神と空間、
からっぽの精神が
空虚な空間に。
どんな葡萄酒を飲めばいい?
どんなパンを食えばいい?

(Wallace Stevens, The American Sublime)

Friday 4 January 2008

事物の表面について(ウォレス・スティーヴンズ)

  I
私の部屋では、世界は私の理解を超えている。
けれども散歩にゆくと世界とは三つか四つの丘と雲でできているのだということがわかる。

  II
私のバルコニーから、私は黄色い大気を調査する、
自分で書いたことだがこんな言葉を読むのだ、
「春とは美しい女が服を脱ぐところに似ている」

  III
金色のその樹は青い。
歌手はマントを頭からかぶった。
月はそのマントの襞の中にある。

(Wallace Stevens, Of the Surface of Things)

ブランシュ・マッカーシー(ウォレス・スティーヴンズ)

空の恐ろしい鏡に映してみなさい
この死んだガラスではだめだ、それには
ただ表面しか映らないからーー曲がる腕、
傾く肩と探るような目。

空の恐ろしい鏡に映したまえ。
ああ、目に見えないものにぶつかって曲がり、
降りてくる夜のシンボルたちに寄りかかり、
通過する啓示の輝きを探すことだ!

空の恐ろしい鏡に映すのだ。
不在の月がどんな風にきみの暗い自己の林間の空き地で
待っているかを見るがいい、そして星々の翼がどんな風に、
想像もつかない茂みから、上方に、飛び立つかを。

(Wallace Stevens, Blanche McCarthy)

秘密(ピエール・ルヴェルディ)

 空っぽの鐘
 死んだ鳥たち
すべてが眠ってしまった家の中
  九時

地球はじっと動かずにいる
 誰かがため息をついたみたい
木々は微笑しているようで
 水が一枚一枚の葉先でふるえている
  雲がひとつ夜を横切る

玄関の外で男が歌う

  窓が音もなく開かれる

(Pierre Reverdy, Secret)

鐘の音(ピエール・ルヴェルディ)

 すべての明かりが消えた
風が歌いながら通過する
  木々は身をふるわす
動物たちは死んだ
もう誰もいない
  ごらん
星たちは輝くのをやめた
  地球はもう回らない
頭が傾いた
  髪が夜を掃いている
最後の鐘塔が立ちつくしている
  深夜の鐘が鳴る

(Pierre Reverdy, Son de cloche)

一種の歌(ウィリアム・カルロス・ウィリアムズ)

蛇にはその草の下で
待たせておけばいいさ
そして文のほうは
単語で作ってゆこう、ゆるやかに、すばやく
いきなり噛みつき、無言で待ち
眠らないやつを。

ーー比喩によって
人々と石を和解させること。
構成せよ(物そのもの以外の
観念などいらない)発明せよ!
ユキノシタこそわが花
そいつは岩を砕く。

(William Carlos Williams, A Sort of A Song)

歌(ウィリアム・カルロス・ウィリアムズ)

美とは貝殻
海に住み
高らかにそこを統治する
愛に手なずけられるまで

帆立貝や
ライオンの掌
あとずさりする波の音
がかたちを仕上げてゆく

絶えることのない音調が
ずっとくりかえされる
耳と目が一緒になって
おなじベッドで眠るまで

(William Carlos Williams, Song)

Thursday 3 January 2008

唄(レオポルド・ルゴーネス)

とってもかわいい三姉妹
恋人探しに出かけました。
長女はいった。私は欲しい、
王さまが欲しい、この世を統べるために。
彼女はお気に入りになりました、
スルタンの寵姫。

次女はいった。私はね、
本物の学者が欲しい、
若くて美しいこの姿のまま
私を不滅にしてくれるような。
彼女が結婚したのは魔術師、
ガラスの島に住む先生でした。

末の娘は何もいわず、
ため息ばかりついている。
三姉妹のうちこの子だけが
愛することを知っている。
愛以外なんにも欲しがらないのに、
そんなものどこにも見つからない。

(Leopoldo Lugones, Tonada)

フィリップ・ラーキンを2つ

お正月の余興に、Philip Larkinのごく短い詩を二つ、親子で「競訳」してみました。KSがぼくのもの、ASが息子のものです。いうまでもなく、どちらも「正解」からは、ほど遠いに違いありません。訳詩は訳者の数だけあり、しかも時とともに変わってゆくものでしょう。<年ごとの新しい目>によって! 

"New eyes each year"

年ごとに新しい目だ
ここで古い本を見つけ、
新しい本も見つけて、
古い目が新しくなる。
そして若さと年齢は
インクとページのように
この家でひとつになって、
新しい硬貨を作る。(KS)

毎年新たな目が
ここで古い本や
新しい本を見つけ
古い目を新しく塗り替える
だから老いも若さも
この家では
インクと紙のように結びつき
新たな金貨を鋳る (AS)

"The daily things we do"

私たちが日々おこなうことは
お金のためでも楽しみのためでも
朝露のように消えることもあれば
硬くなって生き延びることもある。
奇妙な相互依存。
私たちが起こした出来事が
こんどは私たちを生み、
私たちの記憶となるのだ。(KS)

金や娯楽のための
我々の日々の営みは
露となって消え
あるいは強固に永らえるかもしれない
奇妙な相互関係
我々が引き起こす状況が
時と共に我々を興し
我々の記憶となる (AS)

ニュースと天気(ウォレス・スティーヴンズ)

  I
青い太陽が赤いコケードをかぶり
本日、合衆国を歩いていました。

どんな目にも見届けられないほど背が高く、
どんな人間がそうありうるよりも年老いて。

彼は旗や自動車工場周辺で
人々が作るピケラインを捉えた。

彼の物腰が人々をなだめた。彼が鉄板を切ると
乱暴なぐにゃぐにゃの線になった。ドリルした。

彼の赤いコケードがパレードをしめくくった。
彼のその物腰はあらゆるものに及んでいた、

彼が投げ捨てていった緑がかった植物にも
彼の心の中のピアノの音にも。


  II
ソランジュ、私が話しかけたマグノリア、
ニガーの名前をもつニガーの樹木、

それにむかって私は話しかけた、そのそばに立って話した、
わたしはソランジュ、美しく響く悲嘆、と彼女はいった。

わたしは冬の終わりの毒、
しおれた天気、しわくちゃの雲とともに服用すれば、

しかめつらの精神の惨めさを隠します。
紫の芳香を吸いこみなさい。それは

ほとんどニガーの断片、秘訣(ミスティック)となるのよ、
知性により行き場をなくしている精神には。

一年にはそんな一瞬があるね、ソランジュ、
深く吸いこんだ空気が生命をまた一年分もたらしてくれることが。

(Wallace Stevens, The News and the Weather)

Wednesday 2 January 2008

小さな無限詩(フェデリコ・ガルシア・ロルカ)

道をまちがえるとは
雪にたどりつくということ
雪にたどりつくとは
二十の世紀の間ずっと墓地の草を食み続けるということだ。

道をまちがえるとは
女にたどりつくということ、
光を恐れない女だ、
二羽の雄鶏を一秒で殺せる女だ、
雄鶏を恐れない光と
雪の上では歌えない雄鶏。

けれども、もし雪が思い違いをしたなら
南風がやってくることもある
そして空気はうめき声など気にしないので
われわれはまたもや墓地の草を食まなくてはならない。

私は二つの悲嘆する蝋製の穂を見た
それは火山の風景を埋葬していた
そして二人の狂った男の子が泣きながら
暗殺者の瞳を押しているのを見た。

けれども二とは数字であったためしはない
それは苦悩でありその影なのだから

それは愛が絶望するギターなのだから、
それはそれ自身のものではない別の無限の証明なのだから
それは死者の城壁だ
そして終わりなき新たな復活という罰だ

死者たちは二という数字を嫌う
だが二は女たちを眠らせる
そして女は光を恐れるので
光は雄鶏たちを前にするとふるえ
雄鶏たちはただ雪の上でのみ飛ぶことができ
われわれは休むことなく墓地の草を食まなくてはならないのだ。

(Federico García Lorca, Pequño poema infinito)

Tuesday 1 January 2008

墓として考えられた天国について(ウォレス・スティーヴンズ)

どんなことがいえるのか、解釈者たちよ、空の
墓を夜歩く人々、われらが喜劇の
暗い幽霊たちについて?
かれらは道を照らすべくランタンをかかげ、
冷たい風が吹きすさぶ中を歩いているつもりなのか、
死の自由人たちが、あちらこちらといまもなお
なんであれかれらが探す物を求めて? あるいは
あの埋葬、無への扉にして激烈な移行として
毎日いとなまれる埋葬が、
夜毎にあの唯一の底知れぬ夜を予告するのか、
主人がもはやさまよい歩くのをやめ、忠実な
ランタンの明かりが暗闇をじわじわと進むこともなくなる夜を?
暗い喜劇役者たちのあいだで叫びをあげなさい、
はるか遠くからかれらに声をかけたまえ、
かれらの氷のエリゼ(極楽)からの答えのために。

(Wallace Stevens, Of Heaven Considered as a Tomb)